2015年7月初め、埼玉県熊谷市にある特別養護老人ホーム(特養)で、死亡事故2件を含む複数の介護事故が埼玉県に報告されないままになっていたという報道がありました(*)。
特養などの介護保険施設や介護サービスの提供において事故が起きた場合は、事故に遭った入所者・利用者の家族や行政への連絡が厚生労働省令で義務づけられています。しかし、この特養はこのほか、昨年4月から12月までにあった6件の事故についても、県に報告していませんでした。これらの事故とその未報告が明らかになったのは、昨年12月で亡くなった入所者の遺族が、今年1月、県に通報したからでした。
介護事故を100%防ぐことはできない
この特養が事故を報告しなかった理由や、遺族が行政に通報した経緯はわかりません。ただ、一般論として、事故への備えが十分にできていない施設・事業者は対応が後手に回り、入所者の家族や行政への報告が遅れがちだと言えます。また、施設・事業者の対応が不適切だと、事故に関係した入所者やその家族は納得できない思いを抱きがちです。
大事な家族が事故に遭い、けがをしたり、死に至ったりすれば、信じて介護を委ねた家族はなかなか冷静ではいられません。介護のプロに委ねたのだから安心。家族はつい、そう考えてしまいがちです。しかし、実のところ、どれだけ手厚く介護をしてくれる施設・事業者であっても、介護事故を100%防ぐのは不可能です。人が生きるということは、大なり小なり危険と隣り合わせだからです。
自宅にいても、また、健常者でも、事故が起きることはあります。100%事故を防ごうとするなら、24時間見守り続けるか、ベッドや車いすに寝かせきり、座らせきりにしておくしかありません。しかしそれは現実的ではありません。本人の意思や尊厳と安全をてんびんにかけながら、ギリギリのところでその人らしい生活ができるよう支援していくのが、プロの介護です。「絶対に事故を起こさないで」、と言われたら、引き受けられる施設や事業者はおそらくないと思います。介護サービスを利用する際、利用者やその家族は、まずそのことを理解しておく必要があります。
介護職と介護家族とのいい関係がいいケアを生む
では、防ぐことができない事故をできるだけ起こさないようにするにはどうしたらいいでしょう。
介護サービスは、人と人との関係の中で提供されるもの。いい関係の中ではいいケアが提供されやすく、関係の悪い中ではいいケアは提供されにくいものです。ですから、家族の立場でできることは、施設職員や介護事業所職員といい関係を築くことです。
まず家族が、要介護者のことをとても大事に思っていると介護職に理解してもらうこと。そして、その大事に思っている要介護者を介護職がケアしてくれていることに、感謝の気持ちを示すことです。
もしかしたら、介護職のしているケアは、家族からすると十分ではないと感じることがあるかもしれません。それでも、家族の手が及ばない部分を介護職に委ねるのであれば、厳しい批判の目はかえってマイナイスになります。批判の目で見られた介護職は、萎縮するか反発するか。いずれにせよ、要介護者にとっても家族にとっても、いい影響はないからです。
それより、してくれた介護をほめる。感謝する。そうしていい関係を築くことが、まず第一歩です。介護職は、自分の提供しているケアが認められ、感謝されれば、気持ちよく仕事をすることができます。事故を起こさず、よりよいケアをしようという気持ちになります。家族も介護職も、一緒に要介護者をケアしていく仲間だという気持ちになれることが一番です。
何か小さなミスがあったときには、過剰に反応したり、介護職を必要以上に責めたりしないことです。家族が受容的な姿勢でいれば、施設や事業者も、不幸にも事故が起きたとき、家族に報告をしやすくなります。この家族なら冷静に受け止めてくれて必要以上に責めたりしない、と思えるからです。反対に、小さなミスを報告するたびに家族から責められていると、反発する気持ちが生まれ、守りに入ります。それが行きすぎると、ミスを隠すようになってしまうかもしれません。
いいケアは介護職だけで提供できるものではなく、利用者・家族も一緒になってつくっていくもの。利用者やその家族がそんな気持ちでいれば、介護職といい関係を築くことができ、いいケアを期待できるのではないでしょうか。
<文:宮下公美子>
* 特養ホーム:食事や薬誤配、2人死亡…事故8件隠す 埼玉 (毎日新聞 2015年7月04日)