老いていく親とそれを見守る家族———それはこれまで文章やテレビ、映画など、さまざまな表現作品の中で取り上げられてきたテーマであり、なかには現実を超える“真実”が描き出されている名作も見られます。
2012年4月28日(土)に公開予定の映画『わが母の記』も、そうした名作として後世に残る可能性の高い作品のひとつと言えるでしょう。衰えゆく母とそれを見守る家族を「美しく、悲しく、そしてユーモラスに」(原田監督談)描いた118分間は、今現実に高齢者———その多くは介護を必要とする人たち——と向き合う家族にも、これから向き合わなければならない人にも、大いなる勇気と活力を与えてくれるに違いありません。
被災した人たちから家族の絆を教えてもらった
記憶をなくしていく母と、それを見守る家族を描いた映画『わが母の記』。そのなかには介護現場で生きる人の持つ“笑い”という強さとユーモアが盛り込まれ、それを介護現場の人たちにこそ笑って楽しんでほしい、と原田監督は前回語りましたが、また別の場で頑張る人にも、この映画で元気を出してほしいと言います。
東日本大震災で被災した人たちです。
「クランクアップの翌日にあの震災があり、被災地の映像が流れる中で私たちは編集作業を進めました。あの厳しく苦しい状況で生きる人たちの姿を見て、改めて家族の絆を再認識させられたのは言うまでもありませんし、『わが母の記』のなかにもそうした絆の強さを少しでも盛り込みたかった」
舞台挨拶でも監督が述べたように、2011年3月10日に映画はクランクアップを迎えました。その日にちょうど撮影が終わり、こうして作品として日の目を見ることができたことに、原田監督は大きな意味を感じていると言います。
「特に今回の映画では、スタッフとキャストのつながりが非常に強く濃かったんです。最終日の撮影の雰囲気も本当に良かった。樹木さんに至っては、棺に入るシーンで『このまま逝っちゃってもいいかしら』なんて冗談を言うぐらい(笑)、幸せな空気に包まれていた。この瞬間、時がとまって永遠に続けばいいと、スタッフもキャストもみな心底思いました。一方で、被災地の方々は別の意味で3月10日の状態で時間が止まってほしいと願っている。この妙な共通点に、妙な運命を感じてしまいます」

被災地の方々は日々家族の絆を感じながら生活しているのであり、その絆を押し付けるつもりはないが——と前置きしつつ、あえて原田監督は被災地の方々にメッセージを贈ります。
「私たち日本人は、第二次世界大戦という逆境を見事に乗り切りました。その大きな原動力となったのが映画です。映画に癒され、勇気をもらい、明日への活力につなげた。この『わが母の記』は、原作、キャスト、スタッフ……全てにおいて自信を持って見ていただける良質な映画に仕上がっていると思います。震災から1年過ぎて、まだ復興の途中の皆さんにも、ぜひともこの作品を見て癒され、勇気を出してもらいたいと強く願います」
樹木さんの“名人芸”も見どころのひとつ
さて、映画『わが母の記』ですが、撮影を実際の井上靖さんの自宅で行うなど、原作に忠実に描こうと徹底している部分がある一方で、原作とは若干異なる映画独自の設定があります。伊上洪作を取り巻く女性の役柄です。
原作、すなわち実際の井上靖の兄弟は自身も含め男2人女2人。子どもも男2人女2人。しかし映画では、兄弟は自分を除き妹2人。子どもは3姉妹です。
「当初は原作そのままに準備をしていましたが、人数が多くてどうしても余分な役が出てきてしまう。それに男兄弟は映画のなかでは印象が薄くなっちゃうんですよね(笑)。なので井上家の親族の了解を得た上で、松竹伝統の女性キャスト中心で、男性は伊上一人という設定にしました」
舞台挨拶で三女・琴子役の宮﨑あおいさんが「父と子の関係性で役所さんの“色気”は非常に大切だった」という言葉に象徴されるように、主人公を取り巻く家族を異性に徹底したことは、親と自分、自分と子どもとの関係性を克明に描くうえで重要なエッセンスとなっているのかもしれません。
そしてもうひとつの原作にない特徴としては、前回触れた、原作にはない“笑い”のあるユーモラスな描写。その中心には、認知症を患い記憶をなくしていく母・八重を演じた樹木希林さんの存在があります。
「樹木さんは私の想像以上の絶妙な“笑い”を演じてくれました。もう名人芸の領域ですよ。もちろんそのなかで見せる感動の演技も本当に素晴らしい。ぜひ樹木さんの国宝級の職人芸も、楽しんでいただきたいです」
宮﨑さんも「樹木さんは、日によってサイズが違う。若いときは大きく、歳を取ると小さくなる。そばで演じられてとても勉強になった」と語るように、樹木さんの存在感は別格だったのでしょう。そしてその名優に負けず劣らず、日本を代表する俳優陣の豊かかつ緻密な演技もまた、この映画の見所であることは言うまでもありません。
ちなみに最後に、原田監督個人としての一番印象に残ったシーンを伺うと……
「長女の志賀子が洪作に母が亡くなったことを電話で伝え、洪作の『お疲れさまでした』という言葉に泣き崩れる場面ですね。母親を見守ってきた家族のこれまでの思いが凝縮した、素晴らしいシーンだったと思います」
実は筆者も、試写会で何度も涙したなかでもこのシーンがもっとも印象深く、もっとも涙があふれました。
では他の方々はこの映画を見て、どんなところに魅力を感じ、感動をしたのでしょうか——
(次回へ続く)
<取材・構成・文 種藤 潤/写真(インタビュー撮影)佐藤大成>
>>>><映画『わが母の記』>特別取材記(1)イントロダクションはこちら
>>>><映画『わが母の記』>特別取材記(2) 原田眞人監督インタビュー【前編】はこちら
映画情報
映画『わが母の記』
国民的作家・井上靖の自伝的小説を、豪華キャストで描く家族の絆の物語。
たとえ記憶がなくなったとしても、きっと愛だけは残る——
10年にわたる家族のラブストーリー。
昭和39年。小説家の伊上洪作(いがみ・こうさく)は、幼少期、母親と離ればなれに暮らしていたことから、母に“捨てられた”という思いを抱きながら生きてきた。しかし、父が亡くなったことから、実母・八重の暮らしが問題となり、面倒をみるようになる。幼少期、母親と共に暮らしてこなかった伊上は、妻と三人の娘、妹たち“家族”に支えられ、自身の幼いころの記憶と、八重の思いに向き合う事になる。八重は、次第に薄れてゆく記憶の中で、“息子への愛”を必死に確かめようとし、息子は、そんな母を理解し、受け入れようとする。国民的作家・井上靖が45年前に綴った自叙伝的小説「わが母の記」を元に、「クライマーズ・ハイ」(08)の原田眞人監督が、「愛し続けることの素晴らしさ」、「生きることの喜び」を描く感動作です。
<作品情報>
タ イ ト ル:わが母の記
海外版タイトル:Chronicle of My Mother
原作:井上靖「わが母の記〜花の下・月の光・雪の面〜」(講談社文芸文庫所蔵)
監督・脚本 : 原田眞人
出演:役所広司、樹木希林、宮﨑あおい、三國連太郎、南 果歩、キムラ緑子、ミムラ、菊池亜希子、三浦貴大、真野恵理菜、他
配給:松竹
公開:2012年4月28日(土)