老いていく親とそれを見守る家族———それはこれまで文章やテレビ、映画など、さまざまな表現作品の中で取り上げられてきたテーマであり、なかには現実を超える“真実”が描き出されている名作も見られます。
2012年4月28日(土)に公開予定の映画『わが母の記』も、そうした名作として後世に残る可能性の高い作品のひとつと言えるでしょう。衰えゆく母とそれを見守る家族を「美しく、悲しく、そしてユーモラスに」(原田監督談)描いた118分間は、今現実に高齢者———その多くは介護を必要とする人たち——と向き合う家族にも、これから向き合わなければならない人にも、大いなる勇気と活力を与えてくれるに違いありません。
三世代家族の温かさが詰まった作品
記憶を失っていく母と、その姿を見守り続ける家族の風景を悲しくも美しく描いた、昭和の文豪・井上靖原作の映画『わが母の記』。高齢化社会、そして介護問題と、現代社会が抱える多くのテーマを内包するこの作品を、原田眞人監督はどのような想いを持ち、どのようなイメージで制作にあったか、お話を伺ってきました。
原田監督を少しでも知っている方なら、この『わが母の記』を見て、少なからず驚きを感じることとなるでしょう。というのも、監督は映画界では『金融腐蝕列島・呪縛』『突入せよ!あさま山荘事件』『クライマーズ・ハイ』など、社会派エンタテインメントの旗出として知られる存在。しかし『わが母の記』は、家族同士のつながりを描いたヒューマンドラマ。意外とも言えるテーマを取り扱った背景には、同郷の先輩にあたる井上靖さんの作品との出会いと、家族映画を撮りたいという密かな想いがあったそうです。
「実は井上先生は、静岡県立沼津東高校の先輩に当たりますが、先生の作品を読む機会はあまりなかったんです。この原作に出会ったのは、だいたい今から10年前ぐらいです。そのすばらしい世界観に惹かれ、私が孫として体験してきた昭和の三世代家族の姿が見事に描かれていました。そしていつか映画にしたい、と思っていました。
“社会派エンタテインメント”といっても、要は大きな集団の中の疑似家族を描いたもので、その根本には私なりに考える家族のあり方がありました。それにもともと、幼少期に見た映画の記憶のなかでも、家族映画が好きでしたね。あと、海外の映画祭では社会派ものより家族ものが評価が高い、という側面も影響したことは否定できません(笑)」
高齢化が進み、老人の孤独死などが社会問題化する昨今、高齢者の手の届くところに常に家族がいるという大家族という形態には、これからの我々日本人が生きるヒントが隠されている、と原田監督は考えているといいます。
「決して大家族が全ていい、とは言いません。いつも一緒に住んでいるといいことばかりがあるわけじゃないし、わずらわしいトラブルが起こったりもする。ただ私たち日本人には、三世代が一緒に住む大家族の生活スタイルが合っているとは思います。その良さをこの作品の中で感じていただければ嬉しいです」。
『わが母の記』の家族と原田監督とを結ぶ共通点
実は『わが母の記』の家族設定と、原田監督の実際の家族構成とは、非常に似ているところがあるといいます。
主人公・伊上洪作の父は働き盛りの48歳で伊豆・湯ヶ島の山奥にこもり、畑仕事をする日々を送ります。一方で原田監督の両親も、60歳で営んできた喫茶店をたたみ、静岡県の山奥に居を構えはじめたそうです。
「私の両親は、単に7匹の犬と7匹の猫がのびのび生活できる環境を求めただけですが、その境遇の共通点には、不思議な縁を感じます」
そしてもうひとつ。前回少し触れましたが、原田監督の場合は父が認知症を患い、母が介護をするという「老老介護」状態が長く続いていたということです。
「昨年の夏に施設に入ることになり、母の負担はずいぶん軽減されましたが、それまでは非常にきつい介護生活を送っていました。日常生活では反応はなし、何もしない、食事するだけ。それに突発的に動き出したり、そのなかで転んだりしたら母が身体を起こさなければならない……『わが母の記』のなかでは家族みんなで支え合いましたが、私の母は一人でそれをし続けました。非常にしんどかったと思います」
ただ、そのなかで原田監督は介護現場に生きる人たちのある特徴———それは現場を知らない人からすれば目を疑うべきことかもしれないが——があることを知ることとなったといいます。
「その当時、母とは月1回ほど電話で話していろいろ状況を教えてもらっていたのですが、とにかく“笑う”んですよ。その内容は非常にハードで、とても悲惨な状況なのですが、母はとても前向きに、その状況を“笑って”いました。母以外にも介護現場で働く方ともお話させていただきましたが、皆さんその点は共通して明るく、“笑い”がある。厳しい現実だからこそ“笑って”過ごすという、人間の強さを思い知らされましたね」
こうした現場を知る原田監督の目線は、映画『わが母の記』のさまざまなシーンでかいま見ることができる。樹木希林さん扮する母・八重は記憶を失う過程で周囲を困惑させる言動を繰り返す訳ですが、そこには原田監督ならではのユーモアが盛り込まれ、“悲しさ”よりもむしろ“笑い”がこみ上げてきます。

- 樹木希林さん演じる八重と三女・琴子の共演シーン (C)2012「わが母の記」製作委員会
「原作にはこんなに“笑い”の要素はないんですが(笑)、僕としてはそうした実際の現場でしかわからないポジティブさを表現したかったですね。なかにはこんなに“笑える”ことに否定的な人もいますが、それは現場を知らない人が言うこと。現場は僕が知る限りみなさん明るいですよ」
介護の現場の人にこそこの作品を見て、笑って、日常のエネルギーにしてほしい、と、原田監督は語ります。
(次回へ続く)
<取材・構成・文 種藤 潤/写真(インタビュー撮影)佐藤大成>
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映画情報
映画『わが母の記』
国民的作家・井上靖の自伝的小説を、豪華キャストで描く家族の絆の物語。
たとえ記憶がなくなったとしても、きっと愛だけは残る——
10年にわたる家族のラブストーリー。
昭和39年。小説家の伊上洪作(いがみ・こうさく)は、幼少期、母親と離ればなれに暮らしていたことから、母に“捨てられた”という思いを抱きながら生きてきた。しかし、父が亡くなったことから、実母・八重の暮らしが問題となり、面倒をみるようになる。幼少期、母親と共に暮らしてこなかった伊上は、妻と三人の娘、妹たち“家族”に支えられ、自身の幼いころの記憶と、八重の思いに向き合う事になる。八重は、次第に薄れてゆく記憶の中で、“息子への愛”を必死に確かめようとし、息子は、そんな母を理解し、受け入れようとする。国民的作家・井上靖が45年前に綴った自叙伝的小説「わが母の記」を元に、「クライマーズ・ハイ」(08)の原田眞人監督が、「愛し続けることの素晴らしさ」、「生きることの喜び」を描く感動作です。
<作品情報>
タ イ ト ル:わが母の記
海外版タイトル:Chronicle of My Mother
原作:井上靖「わが母の記〜花の下・月の光・雪の面〜」(講談社文芸文庫所蔵)
監督・脚本 : 原田眞人
出演:役所広司、樹木希林、宮﨑あおい、三國連太郎、南 果歩、キムラ緑子、ミムラ、菊池亜希子、三浦貴大、真野恵理菜、他
配給:松竹
公開:2012年4月28日(土)