老いていく親とそれを見守る家族———それはこれまで文章やテレビ、映画など、さまざまな表現作品の中で取り上げられてきたテーマであり、なかには現実を超える“真実”が描き出されている名作も見られます。
2012年4月28日(土)公開の映画『わが母の記』も、そうした名作として後世に残る可能性の高い作品のひとつと言えるでしょう。衰えゆく母とそれを見守る家族を「美しく、悲しく、そしてユーモラスに」(原田監督談)描いた118分間は、今現実に高齢者———その多くは介護を必要とする人たち——と向き合う家族にも、これから向き合わなければならない人にも、大いなる勇気と活力を与えてくれるに違いありません。
この映画の完成に導いた二つの“幸運”

舞台挨拶で並ぶキャストは、日本を代表する名だたる俳優陣たちだ
去る2012年3月19日(月)。映画『わが母の記』完成披露試写会が行われる丸の内ピカデリーのロビーは、多くの人で埋め尽くされていました。
この日の試写会の前には、舞台挨拶として役所広司さん、樹木希林さん、宮﨑あおいさん、ミムラさん、菊池亜希子さん、そして原田眞人監督と、この映画でしかなし得ない豪華な映画人たちが集結するとあって、試写会参加の権利を得た幸運な一般の人々に加え、希代の名作となりうる映画の取材のために駆けつけた多数のマスコミの姿が見られました。
そして我々「介護マガジン」編集部も、そのなかに混じり、舞台挨拶を取材していました。
「この映画が完成できたのは、キャスト、スタッフ、及び関わった全ての方々のおかげですが、何より原作を書いた井上靖先生のご親族のご協力によるところが非常に大きいです。この場を借りて御礼を申し上げます」(原田眞人監督)
映画『わが母の記』は、昭和を代表する文豪・井上靖が綴った自叙伝的小説『わが母の記〜花の下・月の光・雪の面』を原作としており、撮影は井上先生のご家族の了承のもと、実際に井上先生が家族と共に過ごした東京・世田谷の自宅(撮影後旭川へ移築中)と伊豆・湯ヶ島の別荘を中心に行われました。

原田監督の舞台挨拶での様子
「この映画には、日本の原風景が広がっています。緑も、水も、森も、本当に美しく写っています。その美しい映像を、ゆっくりと楽しんでください」
と役所広司さんが語ったように、日本の昔ながらの美しき情緒的な日本的風景もこの映画の魅力のひとつと言えますが、それを可能にしたのはこの撮影場所にあったと、原田監督は言い切ります。
「世田谷の自宅や別荘は、映画の舞台となった1960年代の美しさがそのまま残っていました。あの環境を復元するには、膨大な時間とコストが必要となったでしょう。2011年5月には世田谷の自宅を移築することになっていたので、それに間に合うように撮影できたことは本当に幸運でした」(原田監督)
また、この作品がクランクアップしたのは、2011年3月10日。そう、東日本大震災の前日でした。
「クランクアップ日の撮影は、映画のクライマックスシーンばかりでした。その撮影が無事終わった直後に、あの東日本大震災が起こりました。撮影に使用していた特殊なフィルムが仙台でのみ製造されていたことなど、もし1日ずれていれば完成は大幅に遅れていたと思います」
感動と悲しさの中にも“笑い”がある

映画「わが母の記」ポスター(C)2012「わが母の記」製作委員会
幼少期に母に捨てられたという想いを抱きながら育った小説家・伊上洪作。彼は、父の死と共に母の生活を妻や3人の娘、そして自身の妹たちと共に支えていくことになります。
気丈で行動力のある母・八重でしたが、接していく中で次第に記憶が失われていることに気づかされます。今日で言う「認知症」です。一度言ったことを何度も繰り返す、家族のことを覚えていない……そうした状況の母と家族との間で、衝突は絶えません。しかし年月を経るごとに、その関係性は変化し、伊上のなかで抱いていたかつてのわだかまりも、不思議と薄れていきます。そして死を目前にして、初めて母の口からこぼれる、伝えられなかった息子への想いを、伊上は聞くこととなるのです——
前出の映像美はもちろん、実力派俳優による豊かで緻密な演技、そして社会派エンタテインメントの旗出として注目される原田監督の脚本・演出・編集。それらにより紡がれた悲しくも美しい感動の物語は、すでに海外で高い評価を得ています。第35回モントリオール世界映画祭での審査員特別グランプリ受賞を皮切りに、第16回釜山国際映画祭ではクロージング作品に、その後もシカゴ、ハワイ、インドと数々の国際映画祭に出品されています。
「この作品は感動の物語であるのはもちろん、“笑い”も重要な要素となっています。記憶が薄れていく親と向き合う悲しい現実がある一方、そこに存在する“笑い”も描きたかった」(原田監督)
シリアスとユーモラスの共存。一見相反するこの二つを、原田監督は巧みに映像化することに成功しています。実際事前に行われたマスコミ向けの試写会では、多くの笑い声がありつつ、その合間にはすすり泣く声が聞こえてきました(その中に筆者の声も含まれていましたが)。
実は原田監督自身、父親が認知症をわずらい、自身も介護現場を見て来た一人でした。そこには介護現場ならではの激しく辛い生活がある一方で、その現実を“笑う”ことで乗り切る強さを介護現場で生きる人たちは持ち合わせており、そうしたポジティブな要素も作品に盛り込みたかったと、原田監督は実感を込めて語ります。
ちなみに、“笑い”の要素は、舞台挨拶にもにじみ出ていました。緊張感ある他のキャストをよそに、母・八重役の樹木希林さんは常にユーモラスな掛け合いを繰り広げ、終わってみれば笑いの絶えない舞台挨拶となっていました。

樹木さんを中心に笑いが絶えない舞台挨拶だった
美しくも悲しく、そして“笑い”までも内包する感動の物語———その作品を作り上げた中心的存在である原田眞人監督に、より詳しくお話を伺うことができました。
(次回へ続く)
<取材・構成・文 種藤 潤>
映画情報
映画『わが母の記』
国民的作家・井上靖の自伝的小説を、豪華キャストで描く家族の絆の物語。
たとえ記憶がなくなったとしても、きっと愛だけは残る——
10年にわたる家族のラブストーリー。
昭和39年。小説家の伊上洪作(いがみ・こうさく)は、幼少期、母親と離ればなれ暮らしていたことから、母に”捨てられた”という想いを抱きながら行きてきた。しかし、父が亡くなったことから、実母・八重の暮らしが問題となり、面倒をみることになる。伊上は、妻と三人の娘、妹たち“家族”に支えられ、自身の幼いころの記憶と、八重の思いに向き合う事になる。八重は、次第に薄れてゆく記憶の中で、“息子への愛”を必死に確かめようとし、息子は、そんな母を理解し、受け入れようとする。国民的作家・井上靖が45年前に綴った自叙伝的小説「わが母の記」を元に、「クライマーズ・ハイ」(08)の原田眞人監督が、「愛し続けることの素晴らしさ」、「生きることの喜び」を描く感動作です。
<作品情報>
タ イ ト ル:わが母の記
海外版タイトル:Chronicle of My Mother
原作:井上靖「わが母の記〜花の下・月の光・雪の面〜」(講談社文芸文庫所蔵)
監督・脚本 : 原田眞人
出演:役所広司、樹木希林、宮﨑あおい、三國連太郎、南 果歩、キムラ緑子、ミムラ、菊池亜希子、三浦貴大、真野恵理菜、他
配給:松竹
公開:2012年4月28日(土)