近年、「施設の入居者に、アニマルセラピー*を導入してみたい」と企画する高齢者施設も増えてきたのではないでしょうか。導入にあたって考えなければならないことなどを、前回活動をご紹介したグループホームワカバあびこの事例から考えます。
<取材・文 フリーライター・中村麻衣>
アニマルセラピー*=この言葉は和製英語で、本来は正しい言葉ではないが、日本ではアニマルセラピーで概念として出来上がっているため、この稿でも広い意味でアニマルセラピーという言葉を用いる。広義のアニマルセラピーの中には、医療としての「アニマル・アシステッド・セラピー(動物介在療法)」、ふれあい活動などを意味する「アニマル・アシステッド・アクティビティ(動物介在活動)」、教育現場で命の大切さや動物とのふれあい方・咬傷予防のプログラムなどを教える「アニマル・アシステッド・エデュケーション(動物介在教育)」が含まれる
グループホームワカバあびこでドッグセラピー**を導入するまで

認知症があるゆえに、動物を強く握ってしまうなど、適切に扱えない方もいる。ハンドラーがやさしく手を添え、動物への負担がかかりすぎないよう見守る。ワカバあびこにて。
ワカバあびこでドッグセラピーを担当する職員、齋藤由里子さんによると、ドッグセラピーを開始したのはほぼ1年前。準備期間は1年ほどだったそうです。
「毎年『24時間テレビ』のチャリティイベントに参加するのですが、2年ほど前、そのイベントのひとつとして、アニマルセラピーを導入しようという話になりました。そのときには、私の前任者が検討して、たった1度だけでは入居者への影響もあまりないということで、断念したんです。その後、入居者のみなさんに有用なものになればと、継続的な導入を再検討することになりました。千葉県内を中心に活動しているグループ、アニマルセラピー・グレースさんを探し当て、主宰の切替輝美(きりかえ・てるみ)さんにいろいろお話を伺いながら職員みんなで話し合って導入を決めました」
ワカバあびこの職員にとっても、アニマルセラピーは初めての経験でしたが、衛生面など気になること、不安なことなどはすべて切替さんに尋ねて解消され、導入を決めるころには不安はほとんどなかったといいます。
「楽しそう、という期待のほうが私たち職員の中には強かったですね」
ワカバあびこなどの介護事業所を経営する、株式会社ワカバの統括管理室室長・畑中健夫さんは、ワカバあびこ職員からアニマルセラピーを導入したいという報告があったときのことを、次のように語ります。
「入居者でとても犬好きの方がいたので、その方にアニマルセラピーが良いのではという話が、責任者会議でも何度か出ていました。当社の社長自身も大の犬好きです。ただ、犬が好きな入居者ばかりではありませんので、会社としては、苦手な方に対してきちんと現場でフォローできるなら、ということで取り組みにGOサインを出しました」
入居者への周知は、ご本人に意思確認ができる場合は直接「犬たちがたくさん来るイベントがありますが、犬は大丈夫ですか」と伺い、ご自身ではっきり意思表示のできない方には、ご家族にも確認を取ったそうです。
ワカバあびこでの活動は、現在非常に順調で、今後も続けていきたい意向です。ただ畑中さんは、ドッグセラピーを、他の2つのグループホームで導入することは、会社としては今のところ考えていないと話します。
「各事業所の活動は、職員たち自身が、そこの入居者さんに合ったものをと企画し築き上げたものです。他の事業所の入居者さんにも合うとは限りませんので、一つの事業所で好評であっても他の事業所に、社として上からやってみろということはありません。ただ、他の事業所でもぜひ取り組んでみたいということであれば、GOは出すでしょう」
ドッグセラピー**=「グループホームワカバあびこ」では、犬たちが訪問するイベントなので、ドッグセラピーと呼んでいる
しつけと衛生が徹底されたセラピーの動物たち

切替(きりかえ)さんがにこやかに話しながら、対象者からさりげなく動物を遠ざける。手前では、対象者の普段の様子を熟知する施設職員が、フォローのため手を伸ばしている。対象者の気持ちを傷つけることなく、また動物にもストレスを与えないため、ハンドラー、職員の連携はとても大切だ。ワカバあびこにて
切替さんによると、ボランティアはみな普通の「飼い主」。活動に参加する犬や猫は、家庭で愛されているペットです。ただし、参加にはさまざまな条件があります。
「対象者に恐怖感や不潔感を与えてはいけませんので、陽性強化法***で咬まない、吠えない、むやみに排泄しないといった基本的なしつけが飼い主によって行われています。また、獣医師によって人獣共通感染症****を持っていないことが証明されています。病院等で活動する動物たちは特に、腸内や口腔内の細菌検査も受け、前日にシャンプーすることはもちろん、毛が落ちないよう洋服を着せるなど、衛生面には非常に気を使っています」
陽性強化法***=体罰を用いず、ほめてしつける方法、の意味でこの語が用いられている。アニマルセラピーを古くから実施するJAHA(日本動物病院福祉協会)などが提唱する
人獣共通感染症****=人と動物が同じ病原体によって発症する感染症
動物の良好なコンディションが良い活動の源
受け入れる施設側は、ボランティアと動物たちへの理解と、控室となるスペースの確保が必要です。動物たちには活動の合間に、適宜水を飲ませ、休憩させることはとても重要だと、切替さんは話します。
「動物たちが心身ともに良い状態でいることで、対象者にも良い影響を与えられます。動物たちにストレスをかけたまま活動することは、一番避けなければならないのです」
以前、活動への理解が十分でないある施設から、「控室の用意が難しいので人間は1人か2人でいいから、動物だけ10頭ほど連れて来て」と言われたことがあるそうです。切替さんはこれをきっぱり断りました。万が一の事故防止の観点からも、動物には必ずボランティア(飼い主)がつき、活動中は動物の表情などの変化に細心の注意を払う必要があるからです。
施設側が、大勢のボランティアを入れることを負担と感じるのは、スペースや職員数の関係もあり、無理からぬところはあります。けれども、対象者にとって安全、安心かつ効果的な活動のためには、動物とボランティアへの理解は不可欠です。
気になる費用ですが、アニマルセラピーを行う側が、ボランティアであれば、原則として謝礼などは発生しません。しかし、切替さんは施設側と話し合い、交通費をお願いしているそうです。ワカバあびこでも、交通費として1回あたり1万円程度を予算として計上しています。
「ボランティアは動物を連れてくるために動物病院に定期的に通い、トリミング(動物の被毛などの手入れ)、動物の洋服、また車のガソリン代などもすべて自己負担です。少しでも負担を軽減し、長くボランティアを続けるために、施設側にもご理解をお願いしています」
次回は、アニマルセラピーの高齢者への効果などについてみていきます。