アニマルセラピー*という言葉は誰しもどこかで聞いたことがあると思います。けれども、実際にそれがどのように行なわれ、特に高齢者にとってどのような効果を持つのか、現場を見たことのある方は意外に少ないのではないでしょうか。
介護施設で、レクリエーションあるいはリハビリ等の医療として、動物たちとのふれあう活動などを導入するケースが、最近少しずつ増えています。実際にアニマルセラピーを導入したグループホームのお話から、高齢者たちと、施設運営両面においての有用性を探ります。
<取材・文 フリーライター・中村麻衣>
アニマルセラピー*=この言葉は和製英語で、本来は正しい言葉ではないが、日本ではアニマルセラピーで概念として出来上がっているため、この稿でも広い意味でアニマルセラピーという言葉を用いる。広義のアニマルセラピーの中には、医療としての「アニマル・アシステッド・セラピー(動物介在療法)」、ふれあい活動などを意味する「アニマル・アシステッド・アクティビティ(動物介在活動)」、教育現場で命の大切さや動物とのふれあい方・咬傷予防のプログラムなどを教える「アニマル・アシステッド・エデュケーション(動物介在教育)」が含まれる
犬たちと高齢者の和やかな時間

ボランティアと施設の入居者は、犬を介していろいろな話をする。施設の職員が入居者につきそい、ボランティアと入居者の間で、コミュニケーションを補助する
「みなさんこんにちは~! 私は切替(きりかえ)と申します。この子の名前はタンジェリーナ、イタリアングレイハウンドという犬種で3歳になります。今日はみなさんにお会いするのを楽しみに参りました。どうぞよろしくお願いします」
明るい声のあいさつとともに、ボランティアグループ「アニマルセラピー・グレース」のメンバーが犬を一頭ずつ連れて次々と広間に入ってきます。広間には、施設の入居者の方たちが椅子や車椅子に座って大きな円になり、犬たちとボランティアを迎えます。ボランティアは、一人ひとりのそばにしゃがみ、入居者の希望に応じて、小型犬を小さな犬用ベッドごとひざに抱いてもらったり、そっと手を添えて犬の毛並みをなでてもらったりしながら、世間話をします。入居者の目には、いとおしそうな柔らかい表情がたたえられ、犬のしぐさひとつひとつに笑ったり、互いにうなずきあったりしながら、和やかな時間が流れます。
ここは千葉県我孫子市にある、「グループホームワカバあびこ」。入居する入居者の定員は18名、平均の要介護度は4、重症度はさまざまですが認知症を持っています。なかには、寝椅子に横たわり、ほとんど目を開かない方もいます。けれども、ほぼ全員が、3ヶ月に1回の犬たちの訪問ふれあい活動「ドッグセラピー**」を心待ちにしていると、施設職員の齋藤由里子さんは話します。
ドッグセラピー**=「グループホームワカバあびこ」では、犬たちが訪問するイベントなので、ドッグセラピーと呼んでいる
アニマルセラピーの効果を現場が実感

普段、ほとんどものごとに反応を見せない入居者が、自ら手を伸ばして犬に触れた瞬間
現在「グループホームワカバあびこ」では、3ヶ月に1回、土曜日の午後2時~3時の1時間程度をドッグセラピーの時間に当てています。回数や時間はごく限られているものの、入居者たちへの良い影響ははっきりわかると齋藤さんは語ります。
「初めは犬が苦手、とおっしゃっていた方が、遠くから活動を見ているうちに、『かわいい』と触れあいを希望されるようになり、結局入居者全員が参加するようになりました。
犬たちがいる間、みなさん心から楽しい、かわいい、という表情をされていますし、普段ほとんど喜怒哀楽が出せない方でも、犬を触るためにいつもより手がたくさん動いていたりします。動物のぬくもり、毛並みの肌触りは本当に良い刺激になりますね。認知症がある方たちですので、活動が終われば、犬たちに会ったことも忘れてしまいます。けれども、後日写真を見ると、思い出したりもされるんですよ」
ある入居者は、昼間の眠気が強く、昼夜逆転が続いていたそうです。いつもなら昼食すら眠気で食べられないのに、犬たちと触れ合った日は、活動中ずっとしっかりと起きていて、元気な様子だったといいます。そして、たった1時間の活動だったにもかかわらず、その夜は不穏にならず、静かに休むことができたそうです。
グループホーム運営とアニマルセラピー

簡単な犬芸に、笑顔を見せるお年寄りたち。笑うこと、話をすることがお年寄りの心によい影響を与える
ワカバあびこの職員にとっては、イベントの日ということで、仕事の流れは普段とどうしても変わります。活動中はできる限り職員がつきそい、ボランティアと入居者たちのコミュニケーションを仲介します。
「ドッグセラピーを行う日は、現場の職員の負担は確かに増えているのかもしれません。ですが、この活動は、ほとんど外出ができないこの施設の入居者の方たちに、外からボランティアが来て動物とのふれあいという貴重な刺激を与えてくれます。新しい刺激で、入居者の方たちに新しい表情が見えるのは、私たちにとっても嬉しいですし助かることです」
入居者のご家族や職員たち自身も、一緒にアニマルセラピーを楽しんでいると斎藤さんは笑顔になります。
ワカバあびこをはじめ松戸市・我孫子市で5つの介護事業所を経営する、株式会社ワカバの統括管理室室長・畑中健夫さんは、行政や地域、新たな入居者候補にも、ドッグセラピーが良いアピールになっているとのこと。
「2ヶ月に1回、入居者のご家族、地域行政、町会長などが集まり、職員とともに運営推進委員会を開いていますが、その日にドッグセラピーを行うと、行政や地域のみなさんにも活動を見ていただけます。我孫子市の方からも良い活動だとほめられました」
地域の居宅介護支援事業所等への営業の際も、他のグループホームとの差別化、アピール点としてドッグセラピーは有効とのことで、担当者にも興味を持ってもらいやすく、動物の好きな方の入居希望につながるそうです。
次回は、アニマルセラピーとは何かと、動物たちを連れて行くボランティアの現状などを考察します。