現在巷で増加しつつあり、今後も普及する見込みの介護タクシー。前回は業界全体の料金相場を踏まえた業者選びのポイントについて取り上げました。シリーズ最終回の今回では、取材記者が車いす利用を想定して介護タクシーを乗車体験。乗降介助や移乗、運転手の接客方法など、業者によって差が出るポイントを探ってきました。
<取材・文 興山英雄>
利用者を安心させる細かな声かけ
今回取材に協力してもらったのは、東京都杉並区の介護タクシー会社「いるか雲」代表の郡司知幸さん。郡司さんはもともと運送会社に勤務していましたが、2001年に介護系の専門学校に入学。卒業後、2004 年に有料老人ホームに入社し、東京・三鷹市などで約8年間、介護福祉士として勤務しました。そして2013年に介護タクシー会社「いるか雲」を開業。豊富な現場経験を生かし、杉並区や世田谷区を中心に多忙な毎日を送っています。

介護タクシー「いるか雲」の郡司知幸さんと郡司さんが運転する「いるか雲」の介護タクシー車両

車いすでリフトに乗る際、ベルトでしっかりと固定される
郡司さんが保有する介護タクシーは、車いすやストレッチャーに乗ったまま乗降できるタイプのリフト付き福祉車両(トヨタ・ハイエース、乗車定員9名)。試乗は車いすに乗ったまま、リフトでこの車両に乗り込むところから始まりました。
「腰のベルトを締めますね」
「腕を上げますよ」
まずは車いすをリフトに固定するところから。郡司さんが一つ一つの動作の前に丁寧に声を掛けてくれるのが印象的でした。そして固定されると、いよいよリフトで車両の中に乗り込む段階に。

リフトで車両に持ち上げられている最中。恐怖感を感じると思いきや、意外と快適
「はい、じゃあ、リフトが上がりますよー」
そう言って郡司さんがリモコンスイッチを押すと、「ウイーン」という駆動音とともにアームが動き出し、リフトが車両内へと引き上げられていきます。車いすに座った状態で目線は地面から2m近くの高さまで上がりますが、不思議と恐怖感はありませんでした。むしろ、遊園地のアトラクションに乗っているような感覚でちょっと楽しいくらい。
ただ、そんな雰囲気でいられたのは、郡司さんのマメな声掛けのおかげもあったとあとで分かりました。
「いきなり車いすを後ろから押したり、リフトを上げると、利用者の方はビックリします。施設や在宅での介助サービスと同じく、介護タクシーの現場でもきめ細かな声掛けは欠かせないポイントです」(郡司さん)
介護タクシーならではの運転技術も

車両の中では車いすがフックでしっかりと固定、ベルトも装着され、万全の状態になった
リフトで車いすごと介護タクシーに乗り込むと、さらに車両の床に装備された四つのフックで車いすのタイヤをしっかり固定。加えて、走行時に身体が前後左右に振られないように、三点式シートベルトが装着されました。そのうえで、郡司さんは目視と手で固定具合を再点検。「これで準備完了です。万が一、急ブレーキを掛けることになっても車いすは動きません」。
郡司さんが運転席に乗り込み、エンジンを掛けると、車両はゆっくりと優しく動き出し、徐々に加速していきます。郡司さん曰く、介護タクシーならではの運転テクニックというものがあるそうです。
「安全装置でしっかりと固定していますが、急加速や急減速をするとどうしても身体は降られてしまいます。路面の状態が悪ければ振動も大きい。だから走行時は利用者を不安がらせないように細心の注意を払います。制限時速は厳守し、場合によっては“マイナス20km”で走行することもあります。また、通行ルートは住宅街など狭い道は極力避け、より走行が安定する幹線道路を使うようにします」(郡司さん)
走行中、郡司さんはバックミラー越しに後部座席をこまめにチェック。何度もミラー越しに目が合い、ちょっと恥ずかしい気持ちに……ただこれも、郡司さんならではの乗客への心遣いでした。
「気分を悪くされていないか、お客様の表情を見ているんです。中には、走行時にいつ亡くなってもおかしくないという終末期の方を送迎することもありますから。信号で停車した時などは、お客様の息遣いに耳を立てることもあります。
また、初めてのお客様で緊張されているようなら、私が施設で働いていたときの笑える介護体験談を披露してあげたりして、緊張をほぐしてあげます。するとお客様も、徐々に自分の話をされるようになります。自宅や施設での苦労話が多いですが(苦笑)」
走行中、乗客の身体の異変に細心の注意を払いつつ、流暢なトークで楽しい雰囲気を作り、愚痴も聞いてくれる。乗客からすれば、親密度も深まり、次回も乗車したい、と思うのでしょう。実際、郡司さんの介護タクシーを利用する方のほとんどが、リピーターだと言います。
しっかりとリピート客を掴んでいる介護タクシー事業者というのは、移乗や乗降介助といった基本サービスに加え、こうした利用者の立場に立ったプラスαの接客サービスを、しっかりと持っているようでした。
とはいえ、事前の声掛けなどの介助時のテクニックや、走行時の接客サービスの質は、業者によってさまざまであり、それらは介護タクシー関連のガイド本やポータルサイトではわからない部分でしょう。
郡司さんは「利用する介護タクシーはケアマネさんに紹介してもらうのが無難」といいますが、本当に自分に合った事業者を選ぶためには、車両の装備や利用料金とともに、運転者の人柄や資質も、大事なポイントになりそうです。