最終回の今回は、上條武雄先生に同行した在宅医療レポートをお届けします。上條先生がどんな在宅医療を行っているのか、そして在宅ではどのような看取りが可能なのか――そこではこれからの在宅医療の可能性を垣間見ることができました。同時に、在宅医療の充実は、医療者や介護スタッフだけの課題ではなく、いずれ看取りに直面する私たちも一緒に考えていかなければならない問題であることも気づかされました。
※取材させていただいた方のイニシャルはすべて仮名です
<取材・文 星野美穂/協力 上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生>
思い出多い自宅で暮らしたい~Hさん

Hさんの点滴の用意をする上條先生。在宅医療では、突発的にさまざまな処置が必要になる。そのため先生のカバンには、そうした事態に対応できるよう“七つ道具”が常に入っている
最初の訪問は、理容院を併設した自宅で療養するHさん宅です。長い間、夫婦で地域の人たちの髪を整えてきました。ご主人が病で倒れ、寝たきりになったとき、病院で過ごすより思い出の多い愛犬の待つ自宅で暮らしたいと、在宅療養を希望されました。ただ、急な悪化の心配はあるため、いざというときは上野原市民病院で受け入れてもらえる手筈を整えています。
私たちが訪問したこの日、訪問看護師が、指で肛門から便をひっかきだす「摘便(てきべん)」という処置を行うために自宅を訪れていました。便秘により、硬く大きな便が肛門をふさぎ、下剤を使っても便が出なくなっていたのです。
上條先生は定期の訪問診療日ではありませんでしたが、摘便の様子を見て今後のことを話し合うために、Hさんの家を訪問。摘便を終えすっきりした顔のHさんに、「よかったね、これでご飯も食べられるね」と声をかけ、奥さんには「でも今日はまだお腹が落ち着かないと思うから、痛むことなどがあったら電話してくださいね」と指示をされていました。
入院とは異なり、医師や看護師が近くにいない在宅においても、電話などでこまめに対応する上條先生の姿勢に、奥さんは安心されているようでした。
酸素吸入器を使いながらも1年以上の療養生活送る~Sさん

Sさんの奥さんに検査結果を説明。家族とのコミュニケーションも大切な“連携”
2軒目に伺ったのは、パーキンソン病や心房細動など多くの疾患を抱えつつ、自宅での療養生活を送るSさん宅です。肺の疾患により高用量の酸素吸入を余儀なくされていますが、Sさんは、自分で丹精した庭の見える部屋で1年以上も療養生活を送っています。
人を喜ばせることが好きなSさんは、上條先生の診察を受ける間もジョークを連発します。そうした交流も上條先生はベッドサイドに置いたパソコンに打ち込み、すぐにサイボウズLiveにアップします。「医療情報だけでなく、患者さんの人となりやこだわり、毎日の過ごし方を共有するのは、その人らしい生活を支える上で大切なこと」だと考えるからです。
訪問入浴のスタッフやケアマネージャーも『サイボウズLive』で内容を共有しているので、サービスを受けている間のコミュニケーションも話題が膨らみます。病気のため外出やデイサービスの利用も難しいSさんにとって、さまざまな人の訪問が何よりも楽しみとなり、支えにもなっているとも感じました。
ひ孫が見守る旅立ち〜Oさん
その後、上條先生が嘱託医を務める介護老人施設へ。90歳になる入所者の女性Oさんの容態が、昨日から急変していました。Oさんの子供たちは「病院へ行くより、施設で看取る」ことを選択。施設の広い畳敷きの部屋に親族が集まり、それぞれが女性に声をかけたり、手を握ったりして旅立ちの時を見守っていました。
私たちが伺ったちょうどそのとき、Oさんのひ孫が駆けつけました。それに対して上條先生は「おばあちゃん、がんばっているからね」と声をかけました。祖母の最後に立ち会うことで、このひ孫は言葉でなく肌で命の重みを受け取ることができるのではないか――そう感じました。
ご家族が旅立ちを見守られている部屋のすぐ外は、施設の談話室です。このときも、ほかの入所者たちが思いおもいにテレビを見たり、話をしたりしていました。
この施設では、旅立ちに際して希望があれば家族と利用者だけになれる特別な部屋も用意されるそうですが、Oさんはいつもどおりの気配のなかで過ごされることを選ばれました。
死は特別なことではなく、普通の生活上に自然に訪れること。日常の一場面としての看取りを体験させていただきました。
自分はどう看取られたいかを考える

あるお宅では、可愛がっていた猫たちが、ベッドから離れられないご主人に寄り添っていた。猫とともに過ごしたいと在宅を決意したご主人。人生の終りを過ごす場所を自分で決定できることは、人生の満足度につながる
現在、日本の医療・介護は大きな転換期を迎えています。病院での治療は急性期が主体となり、長期の入院ができない状況になってきています。これからの長期療養・看取りの現場は、自宅や介護施設などが主体となると予想されます。ただし、そのための受け皿が整っているかといえば、まだまだというのが現状です。上條先生は、上野原市でその受け皿を作ろうと、今日も懸命に奔走しています。
上條先生に同行して強く感じたことは、在宅医療・介護で大切なのは、患者さんや家族が孤立しないこと。医療・介護の関係者が連携して、患者さんとその家族を支える体制作りがいかに重要かということです。
ただ、それは医療関係者や介護関係者だけが考える問題ではありません。自分の親をどう看取るか、自分がどのように看取られたいか、当事者として私たちも考えていかないと実現しないと感じました。そして地域にどんな医療サービス・介護サービスがあるのかを知り、いざというとき自分の希望するサービスを受けるためには何をしたらいいのかを、今から考えていくことが大切なのだと実感しました。
(おわり)