ずっと同居していたN・Tさんの祖母は、いつの間にか認知症になっていました。父親は早くに亡くなり、母親は毎日仕事。母親がいない間の主な介護者は、当時専門学生だったNさんでした。
大好きなおばあちゃんが少しずつ変化していく様子は、見ているだけでつらい。そんな中、母親の疲労もピークに。親戚との軋轢、そしてどんどん弱っていく祖母……。
Nさんの思いを4回に分けて綴ります。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
毎年作っていた梅酒の作り方がおかしい
僕が小学校4年生の頃に父親が病気で亡くなり、以後は母が病院の事務をして生活を支えてくれました。
3歳上の姉は母とケンカをすることが多く、また、友達の家に入り浸っていたので、学校から帰ったあとは僕と祖母のふたりで過ごしていました。そんな生活だったこともあり、自然と僕はおばあちゃん子に。
認知症になるまでは本当に元気で、家事は祖母の仕事でしたし、「おばあちゃんは若いね」とみんなに言われていました。
その祖母の様子が「なんとなくヘンだ」と感じたのは僕が高校3年生のとき。祖母は87歳でした。
母は仕事で忙しく帰宅は20時過ぎ。朝は7時半に家を出てしまいます。姉はあまり家にいないし、家族にそれほど関心がありません。だから、最初に異変に気づいたのは僕でした。
毎年、祖母は夏に梅酒を作っていました。大きなビンで作り、おすそわけをしたご近所では、どこの家でもおいしいと評判でした。
僕が高3の初夏にも作り始めたのですが、その作り方がおかしいのです。梅を洗わずに大きなビニール袋に入れ、氷砂糖も入れずに上から焼酎を振りかけて口をしばるだけ。
最初、僕は冗談だと思っていました。でも「おばあちゃん、それじゃ梅酒にならないよ、ただの焼酎蒸しだよ」と指摘すると、祖母は「何言ってんの、毎年作っているのよ。間違いなくおいしいのよ」と……。
背筋がぞっとしたのを覚えています。
高校を卒業して僕が医療系の専門学校に入り、しばらくすると、祖母の様子はますますおかしくなっているように感じました。
昨年、おかしな作り方をした梅酒も、この年は作ることすらしません。
曜日も日にちもだんだんわからなくなってきているようで、「今日は何曜日?」「今日は何日?」と聞くことも多くなりました。
祖母は江戸っ子。頑固で元気がいい。それだけに、「なんだよ、木曜日じゃないか」と僕が言うと、「うるさいっ!! その答え方はなんだ!!」と怒鳴り始める。
僕も負けていないから「くそばばぁ!」「くそガキ!」と大ゲンカになりました。
当時の僕は、祖母のことを“認知症”だと思っていなかったし、認知症が何か、ということもよくわかっていなかった。
「ボケたんかい!!」と言いながらも、祖母が認知症だと想定していませんでした。
専門学校の授業で説明されて、はじめて認知症のことがわかり、症状が祖母そのものだと気づいて愕然としました。
失禁する、やかんを焦がす…
やがて、祖母は失禁をすることも増えてきました。
それに、料理が大好きで家族の食事は全部作っていましたが、梅酒の作り方を間違えて以来、料理をすること自体が面倒になったようでした。
手順がわからなくなり、失敗することが増えたことが原因だったのだろうと思います。
でも、「お茶ぐらいは」と自分でいれようとするのです。すると、ガスをつけっぱなしにして忘れてしまう。何度もやかんが焦げました。
これでは火事になってしまうと、祖母がいるときはガス栓をすべてロックしました。
僕は専門学校での授業が終わると、いつもまっすぐに家に帰っていました。
もともと人見知りで、新しい環境での交友は苦手。ちょっと派手な学生が多いクラスになじめないこともありました。それに、祖母をひとりで置いておくのも、ただ気がかりなだけです。
それなら家に帰って、祖母の様子を見ながらのんびりしていた方がいいと思っていました。僕がいると、祖母も話し相手がいて楽しそうです。途中で必ずケンカになるのですが、それもある意味、ふたりとも楽しんでいました。
でも、そうして笑っていられたのも1年ぐらいでした。
祖母の認知症はだんだんひどくなり、それに従って僕も、そして何よりも母が疲弊していきました。
次回は、症状がひどくなってきた祖母の言動についてお伝えします。
*写真はイメージです。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
プロフィール
N・Tさん(男性 31歳)検査技師
高校生の頃に同居の祖母が87歳で認知症になり、以後11年にわたって介護。専門学校時代は母親がいない時間帯の主介護者となる。社会人になってからも、在宅介護の頃は祖母の見守りや身の回りの世話を行う。祖母はデイサービスや訪問介護サービスを使いながら6年間在宅で過ごし、以後は介護老人保健施設でのショートステイと自宅をいったりきたりする時期を経て、特別養護老人ホームに入居。3年間を過ごし、98歳で亡くなる。
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