正常圧水頭症という、物忘れや歩行不良、失禁といった症状のある病を患った母親。娘のE・Rさんは介護サービスを使おうと思いますが、母親に拒否されます。最低限のサービスでもいいからなんとか使いたい……。今回はEさんの苦労や工夫についてお伝えします。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
まずは介護サービスが使えるように
認知症のような症状が出てきて、検査をしたいと思っていましたが、何度言っても病院に行ってくれない母。私は仕事が忙しく、検査の付き添いのために会社を休むのも難しい状態だったので、拒否されればつい後回しにしてしまいます。
でも、失禁の症状が出てきてからは、「このままではいけない」という気持ちになりました。困り果てて、会社の同僚に教えてもらった地域包括支援センターに足を運んでみたのです。
藁をもつかむ気持ちでした。この状況をなんとかしてほしい……。地域包括の相談員は、内容をよく聞いて、こんなふうに言いました。
「お母さんがそんなに検査を拒否するなら、無理やりするわけにはいかないですよね。ちょっと頭を切り替えて、とりあえず今困っていることをなんとかする、という方向にしてみませんか? 最初に病院で検査するのが筋ではあるけれど、順番を逆にしましょう」
なんとか検査ができるようにと足を運んだのに、肩透かしのような気持ちでした。でも、現状を考えれば、言われるとおりにするしかありません。とはいえ、介護保険サービスを使わねば一歩も進まないので、まずはベテランの要介護認定調査員の方に来てもらいました。母を傷つけないような上手な言い方で調査をしてくれ、結果は要介護2。これで晴れて介護保険サービスが使えます。
「家から出て病院に行くのがいやだというのなら、在宅診療や訪問看護を入れてみたらどうかしら」。相談員が言うことを母に問いかけてみたら、それならいい、と言うのです。すぐに認知症の検査はできないかもしれないけれど、在宅診療の医師とのいい関係を作り、そこからうまく検査に持っていく、という長期戦に出ることにしました。
お風呂に入るのをいやがり、毎回私とバトルを繰り返し、無理やり入浴させていたのですが、「それではお互いにストレスよね」と言われ、訪問入浴をお願いすることにしました。ヘルパーさんに介助してもらって自宅の浴槽に入ることもできるのですが、とにかくヘルパーさん自体が来るのを「絶対にいやだ」と言っているのだからそれは無理です。訪問入浴もダメなのではないかと思っていたら、意外にもすんなり大丈夫でした。
訪問入浴ってすごいですね。浴槽も何もかも持ってきてくれて、ささっと入浴させてくれる。明るく声かけしてくれて、羞恥心などなく入ることができて。プロってすごいな、と思いました。
また、引きこもりがちで歩行の状態がどんどん悪くなる母に対して、訪問リハビリを入れたほうがいいだろうということになり、感じのいい訪問リハビリテーションの男性が来てくれることになりました。こうして、最低限の「困ったこと」の解消ができることになりました。
認知症ではなく水頭症……?
認知症については、在宅診療のドクターが簡易な検査をしてくれました。長谷川式という検査で、満点は30点です。認知症などがない高齢者なら30点の満点がとれる検査で、母は6点。愕然としました。そんなに悪かったのか……。でも、医師は上手に母を促してくれました。「なかなかよい点数ですよ。この点数をもっと伸ばす方法はないのか、ちょっと調べてみませんか?」
医師の上手なすすめに乗って、ようやく総合病院でCT検査を受けると、「正常圧水頭症」だということがわかりました。脳の中の脊髄液がうまく循環できないことで、物忘れや失禁、歩行障害の症状が出て来るというのです。認知症とも少し違うようで、シャントというのを入れて脊髄液を抜けば、もとに戻るケースも多いようでした。
しかし、母の場合は認知症と水頭症が両方あって症状が出ているとも考えられ、脊髄液を抜いても、スッキリと回復しない可能性も高いと言われました。それに、シャントを入れること自体も、母の場合は困難だとも……。
ようやく検査ができ、治療法があるかもしれないと言われたのに、それも難しいということになり、がっかりしました。でも、とにかく介護保険サービスが使えるようになっただけ前進したと、自分を納得させたのです。
次回は、とうとう介護離職の決心をするEさんの心中をお伝えします。
*写真はイメージです。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
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プロフィール
E・Rさん(女性 50歳)翻訳・通訳者
神奈川県在住。86歳の母と二人暮らし。かつては外資系証券会社で激務をこなしていた。80歳を過ぎて母に物忘れや歩行不良、失禁の症状が出て検査をしたところ、正常圧水頭症(認知症・歩行障害・尿失禁が主な症状と言われている)が発覚。治療が難しいことがわかり、断念してそのまま様子をみることに。デイサービスも訪問介護もいやがる母に手を焼く。仕事を続けていくことも難しく、退職して自宅中心に翻訳と通訳の仕事に切り替える。訪問入浴、訪問リハビリテーション、在宅診療を受け、ときどきショートステイを利用する形で自宅介護を続けて5年になる。
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