良い老人ホームを見つけて穏やかに暮らすようになったK・Uさんの母親。それまで決して良好ではなかった母娘の関係もまったく変わりました。Kさんは母親を受け入れ、母親もKさんを頼りにするようになります。しかし、5年後には大腿骨骨折をし、体力も気力も落ちていきます。そんな中、ホームの経営状態が変わり、疑問を持つように……。介護の大きな転機を迎えます。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
40年間の母子の関係が、がらりと変わり好転
老人ホームに入ってから、母はガラリと変わりました。穏やかになり、不安を訴えることもなくなりました。もともと社交的な母は、認知症があるとはいえまだ70歳で体力的にも元気があります。90歳ぐらいの入居者さんをお世話することが楽しいようで、ホームの中でも役割を与えてもらって、イキイキと過ごすようになりました。
これまで、文句やグチを言うばかりだったのが、ちょっとしたことでも「ありがとう」と言うようになり、素直でかわいらしく、まるで少女のような面持ちに。以前は、思っていることと言っていることが違い、その本意を汲み取るのに苦労していました。しかし、素直になってくれたので、ありのままの母を受け止めればよくなったのです。母に対する憎しみはいつの間にかなくなり、かわいく愛おしいと思えるようになりました。そして、そんな母にやさしくできるようになったのです。
母は、自分の友人が訪ねてきたときに、「これからのことは娘に任せることにしたの」と言ったそうです。後日その友人の方が、そのことを教えてくれました。驚きました。母は認知症だったので、ホームに入ったことはなんとなくなりゆきで理解しているのかと思っていましたが、本当はここでの生活をどう思っているのか不安でした。でもちゃんと自分の意思で私に任せてくれていたのです。涙が出ました。
まさに、これまでの40年間の母娘の関係が氷解しました。母と会うのが楽しみになり、時間があけば老人ホームに足を運び、一緒の時間を過ごすようになりました。母との絆を取り戻せたのは、本当にホームのおかげです。ホームで過ごすことで私たちの間にいい距離ができたんですね。そして、スタッフの思いやりにあふれたケアを受けることで、母は感謝の気持ちを持つことができたのです。
私はいつも人に助けられます。病院の生活相談員さんに、老人ホームの入居をすすめて頂き、このホームの施設長さんには、「私たちに任せて」と言ってもらって、母を安心して預けることができた。母が生きているうちに、こういう関係になれてよかった。間に合った!と思いました。そうでなかったら、私は一生母を恨んだかもしれません。
ホームでの穏やかな暮らしは続き、その間、お正月や夏休みには必ず我が家に泊まって過ごしてもらい、私と夫と母の3人で今までの分を取り戻すように、充実した楽しく幸せな時間を過ごしました。
大腿骨骨折をして車椅子に。食欲も落ちてきて
ところが、5年たったところで、母は大腿骨骨折をして入院。75歳で大きな手術を受けることになりました。私は知らなかったのですが、検査をすると、かつて心筋梗塞を患ったあとがあることがわかりました。緊急に行うはずの手術を延期し、麻酔のかけかたなども見直して慎重に手術を行ってもらった結果、手術自体は成功。しかし、母は歩く意欲を失い、車椅子を使うようになってしまったのです。
これをきっかけに、母の体力や気力は大きくダウンしました。ホームに戻っても食欲がかなり落ち、前のようにおいしそうに食べることがなくなってきました。
その後、ホーム自体の雰囲気も、前と変わってきました。経営母体が変わり、以前のようにきめ細かいケアが受けられなくなってきたのです。なじみのスタッフがいなくなり、夜勤のスタッフの人数が半分になり、私が行くと心細そうな顔をする母を見るようになりました。手作りでおいしかった食事もセンター方式になって、大きなキッチンで調理したものを運んでくるように。また、以前は感じなかった排泄物の臭いがするようになりました。
何度か改善をお願いしましたが、以前のレベルには戻れるはずもないことはわかっていました。このまま母をここにお願いしていていいのかしら……。そんなふうに思っていた矢先に、私の家から車ですぐの場所に、新しい介護付き有料老人ホームができた、という広告を目にしました。
見学してみると、母が今いるホームにはじめて入ったときと同じようなあたたかい雰囲気を感じました。スタッフの人数も多く、みなさんはつらつとしています。ほかにいくつか見学してみたのですが、やはりそこは、母にも私にもよいように思え、思い切って転居をすることにしたのです。
入居一時金はなし。すべて月払いの支払いで、今後の生活設計をするにもよさそうだと思えました。転居して、母はうまくなじめるだろうかと心配でしたが、入居するなりお気に入りのスタッフを見つけて、その方を頼りにするようになりました。スタッフも母の気持ちをしっかりと受け止めてくれ、とてもスムーズに転居することができたのです。
次回は、新しいホームで「よいケアとは? 生きることとは?」の答えを見出すKさんの様子をお伝えします。
*写真はイメージです。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
プロフィール
K・Uさん(女性 59歳)主婦
世田谷区在住。父親が1998年に亡くなったあと、母親は老人ホームに入居。骨折、脳幹梗塞など、命取りになるケガや病気を経て、胃ろうも4年間行う。そして2011年に母親が逝去。その間、かたくなだった2人の関係が少しずつほぐれ、最期はお互いに幸せを感じることができた。子どもはなく、35年間連れ添った夫とふたり暮らし。ときどき販売の仕事などをしながら、ていねいに生きることを目標に暮らす。
介護体験談はこちらの記事も参考に
私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん