80歳を過ぎて老老介護をしていた両親だったが、母親が2度目の脳梗塞を起こし、寝たきりに――。妻はフルタイムで働く多忙な会社員、姉や弟も両親の介護に時間をさける状態ではない、そうなったら自分がみるしかない。そこで、仕事を減らして実家に戻り、介護中心の生活になったというW・Sさん。淡々と介護を続けているようにも見受けられましたが、その胸の内は複雑でした。男性が、親の介護中心の生活を送るということ。その日常はどんなものなのか、4回に分けてお伝えします。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
母が脳梗塞で倒れ、胃ろうに……
2011年の正月、突然、夫婦2人暮らしの父親から電話がかかってきました。「おかあさんが倒れた。動けないんだ」。
母が脳梗塞で倒れたのは2回目。1年ほど前から、認知症も患っていました。幻覚を見るタイプの認知症で、「ほら、ここに子どもがいっぱいいる」などと言い、見えないものに怯えました。逆に、すぐ横に父がいるのに、「お父さんがいない!」と血相を変えて父親を捜し回ることもありました。洗濯はするものの、料理も掃除もできなくなり、父ができあいの総菜を買ったり、宅配弁当を頼んだりしてなんとか過ごしていました。父が一人では大変だと訴えるので、何かと実家を訪れるようになり、母の世話をすることが多くなってきた矢先でした。
救急車で運ばれ、処置をしたものの、思うようには回復しませんでした。認知症もさらにすすみ、言葉も出なくなってきました。とりあえず、リハビリ病院に転院しましたが、以前の状態に戻ることは期待できない様子でした。
その間、父がひとりで自宅で生活することになり、父の生活のほうもうまく回らなくなりました。父は腰が悪く、常に90度ぐらいに曲がっている状態です。それでも、判断力はしっかりしていて、歩けていたので要支援2でした。介護保険サービスは、それほどたくさんは望めません。もとより、デイサービスなどは行きたがらない人です。少し訪問介護を入れる程度でしかありませんでした。
母任せだった洗濯もできないし、病院へ見舞いに行くにもひとりでは行けないので、僕は今まで以上に実家に通い、父の世話をし、母のいる病院に送っていくような生活になりました。
そうこうしているうちに、食欲がかなり落ちてきた母の今後の相談をリハビリ病院にすると、こう言われました。このまま点滴を続けていくのか、胃ろうにするのか、経管栄養でつなぐのか、このいずれかがいいのでは、と。どれも選択したくないものでしたが、胃ろうにして栄養を入れれば少し回復するかもしれない、とのこと。父と相談をし、胃ろうの手術をしました。そうすれば、11月ごろまで病院にいられる、という目論見もありました。
姉も弟も妻も介護は難しい。ならば自分が
手術後、栄養状態がよくなり、母はだいぶ元気になりました。少し歩けるようにもなったのです。これなら自宅で暮らせるのではないかと言われ、ぜひそうしたいと思いました。しかし、以前のように自宅に夫婦2人だけで暮らすとなると、父の負担が重過ぎる。
僕は3人兄弟で、姉と弟がいます。しかし、姉は嫁ぎ先での介護が大変で、弟は自営業、収入が安定せず、育ち盛りの子どももいます。ふたりとも、両親の介護のために力を注ぐわけにはいきません。
そこへいくと、僕はずっとフリーランスのライターをしていて、働き方が自由でした。その頃は、並行して団体職員としてフルタイムで働いていましたが、自分がいなくても仕事を継続してくれる人がいます。僕が介護できる条件はそろっていました。
結婚して25年の家内とは、当時、都内のマンションに2人で住んでいました。家内は大学卒業以来ずっと、フルタイムで会社員をしており、実家に移り住むと通勤にものすごく時間をとられてしまう。ふたりであれこれ考え、家内はマンションに残り、僕だけが実家に移り住むことになりました。そして、週末は家内のいるマンションに戻る。団体職員の仕事にも、ライターの仕事にも、一区切りつけたいときでした。そういう意味でも、目の前に介護という役割を提示してくれたのは、幸運だったのかもしれないと思いました。
こんないきさつで、自分ひとりが「単身赴任」のような形で、実家に住むことになったのです。
次回は、実際に実家に移り住み、ストレスを感じ始めたいきさつをお伝えします。
*写真はイメージです。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
プロフィール
W・Sさん(男性 56歳)団体職員
千葉県在住。2011年に当時82歳の母が脳梗塞で寝たきりになり、85歳の父親による老老介護も立ち行かなくなる。当時フリーランスのライターで長男のWさんが、妻と暮らす都内の自宅から離れ、ウィークデーは介護を担うように。しかし、2年後、父親が心不全で死去。母親は要介護5のまま、自宅介護。現在は妻とともに実家に住み、ふたりで母親を介護している。
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