交通事故の手術前検査で、肥大した弓部大動脈瘤がみつかり、命の危険や痛みと背中合わせの生活になっていったT・Mさんの妻。苦しむ姿を見て、Mさんは自分が責任をもって介護しようと決めました。それは、どんな介護だったのでしょうか。今回はMさんの日々の介護にスポットを当てました。
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介護の勉強をして、妻の介護に臨む
大動脈瘤の痛みを感じるようになってからは、入退院の繰り返しでした。痛みのために何も手につかず、ただ床に臥せる日も多くなってきたのです。常に痛み止めを飲んでいて、それが、頭をボーっとさせることもあり、以前のように快活な様子はなくなってきました。
私は市で開催する介護の勉強会に出ました。食事やトイレの介助、着替え、歯磨きのさせ方やシーツの敷き方など、ヘルパーの資格を取る人が学ぶようなことを、2日間で教えてくれ、とても役に立ちました。
それまでは単に「妻を介護するんだ」と意気込んでいましたが、講習を受けてからは、実際にどう世話をしたら妻は心地よいのか、自分でどこまでさせたらいいのか、その答えがわかるようになりました。世話をしすぎて、何もできなくなるのは間違っている。本人の意思を尊重して、やりたいことをなるべく自分でやれる能力をつけていくことが大事なのだと悟りました。
デイサービスは、本人があまり好まなかったので、行きませんでした。食事は、昼の分は配食サービスを頼みました。けれど、妻の食べたいものも尊重しました。朝はヨーグルトやパン。夕食は何が食べたいのかを聞いて、私がスーパーで材料を買って作り、一緒に食べることも多かった。“自分らしく暮らすこと”が大事なのだと思い、手を貸すところと妻が自分でやるところとを分けて、妻らしさを大事にしてきたつもりです。
私自身も、建築の仕事は続けていました。だから、四六時中妻のことをみているわけにはいきません。でもそれがよかったのでしょうね。お互いにみっちりと向き合っていたら、煮詰まっていたかもしれませんが、好きなことをやる余地を残しておけば、介護する側もされる側も気持ちが軽くなります。
しかし、そんなふうにしていたら、要介護2が要支援2に改善。うれしい一方で、使える介護サービスの上限金額が低くなってしまいました。結局、入浴だけは私の世話だけでは無理なので、サービスのほとんどを入浴介助に使うことになりました。
肺がんになったが、手術もできなくて
だからといって、病気がよくなっているわけではなく、確実に大動脈瘤は大きくなっていきました。これが破裂したら即死状態になるとのこと。「あと2年しかもたない」と言われ、ちょうど2年が経過した頃には、体調がだんだん悪くなってきました。
このころには、「もってあと1年」と言われるようになりました。まあ、「もって2年」と言われて2年経過したあとのことなのですが。「覚悟してください」と、医師の言い方も深刻さを増してきました。
その頃には、大動脈瘤の痛みのほかに、肺のあたりの痛みも訴えるようになりました。肺炎を繰り返し、肺に水がたまるようになったのです。酸素の供給も悪くなり、しかたなく、酸素ボンベを使用するようになりました。
酸素ボンベは、日常生活の中でも常に手放せません。最初の頃は元気があったので、リュックに入れたり台車に載せて自分で運んでいました。が、だんだん元気がなくなってくると、重いボンベを背負って歩くのがつらくなり、私が代わりに持つようになりました。
水がたまり始めてから3年ほどたったところでしょうか。検査をすると、肺がんになっていました。まだほんの初期だったので、摘出しようと思えばできるものでした。しかし、患部が弓部大動脈瘤のすぐ脇だったため、手術が大動脈瘤に障る心配があり、結局何も施さないまま、様子をみるしかありませんでした。
次回は、死に向かう妻のために、最期の過ごし方を考えるMさんについてお伝えします。
*写真はイメージです。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
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プロフィール
T・Mさん(男性 74歳)
神奈川県在住。8年半前に、9歳年上の妻(当時75歳)が交通事故に遭い、入院。検査をしたところ、肥大した大動脈瘤がみつかる。手術をすると脳死状態になる可能性が高く、断念する。以後激しい痛みに襲われ、入退院を繰り返す。闘病3年ほどのところで肺炎に。肺に水がたまり、酸素ボンベを使うようになる。6年経ち、肺がんに。医師からは常に「あとわずかの命」と言われながらの7年間だった。死因は酸素マスクがはずれたことだったが、Mさんは「自ら妻がはずしたのでは」と思っている。現在は会社員の孫とともに同居。
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