母親が脳梗塞で倒れ、軽度の認知症の父を引き取ることになったI・Mさん。フルタイムで働いている上に、通勤時間が往復4時間。仕事と介護とで疲れ切るのですが、自分より、お父様のほうが、不安でつらいのだ、と気づきます。そのとき、「もっと認知症を知ろう」「もっと認知症をみんなで話し合おう」と思い立ちました。第3回目は、Mさんが、認知症カフェを開くまでのいきさつをお伝えします。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
認知症の人への傾聴ボランティアを始める
認知症は「なにもかもわからなくなる」病気ではありません。一見、困った行動に見えても、それぞれに理由があってのこと。それに、そんな行動をした後、認知症の人は、自信をなくしたり、自分に腹を立てて怒りをあらわにしたり、複雑な感情も抱えています。父を見ていてもわかります。
だから、もっと認知症の人を理解し、接することが大切。それには、相手をきちんと理解して受け止め、話を静かにじっくりと伺う「傾聴」を学んでみたいと思うようになりました。そして、ある講座を受けたときに、認知症の人への傾聴が講座に含まれていました。受講後は、ボランティアで認知症の人への傾聴をやってほしい、というメッセージもあり、さっそく応募しました。
ボランティアでは、さまざまな認知症の方と接することができ、認知症への対応の仕方を学ぶことができました。父は、私が仕事場から帰ってくると、弾丸トークのように自分のことを話し込みます。正直、父のことを「面倒だ」と思ったこともありました。が、1日中ひとりで過ごし、私の帰りを待って話している父の気持ちに寄り添って聞くようになると、父の言いたいこと、やりたいことがわかるようになりました。
しかし、家族として介護をするときは、ボランティアで傾聴するのと同じ気持ちにはなかなかなれませんでした。自分は家族なんだ、という自負がありすぎるからでしょうか。それとも、「父のために、こんな大変なことをやってきたのだ」という被害者意識のようなものが起因するのでしょうか。それでも、少しでも父の気持ちを理解しようと、気分転換を図りながら、傾聴の実践を心がけるようになりました。
父がまだ、自分で行動ができ、留守番もできるうちにと、私は、傾聴以外の勉強会や、認知症介護者の集いなどにも積極的に出向くようになりました。
介護の悩みを話し合えるカフェを運営する
介護は、1年、2年はできる。でも、その先がつらい、という話をよく聞きます。先が見えないから、不安になります。そんなとき、不安を解消するには、知識をつけること。そして、同じような境遇の仲間と話をすることだと思いました。
介護の話って、仕事の場などではあまり話さないかもしれませんが、思い切って話してみると、「私もやっていたわ。最中は本当に大変だった」「今、介護真っ最中。疲れる」などと、本音を言ってくれることもあります。
また、私は新幹線通勤をしていますが、一度隣り合わせた女性が、介護をしていらしたようで、その悩みをずっと話されていました。そして、「お話しを聞いていただいて、すごく気持ちが楽になりました、ありがとう」とおっしゃったのです。
介護は、ひとりで抱え込まず、心情も含め、人に話してみることが大事だと思います。私自身も、ケアマネさんに介護の悩みを話し始めたら止まらなくなり、「こんなに抱え込んでいたのだな」と思ったことがあります。
それなら、話し合いの場を自分で作ってしまおうと思い、1年ほど前に、認知症カフェを立ち上げました。勉強会などで知り合った方が、場所を提供してくださったり、運営を手伝ってくださったり。そんなつながりの中で、月に一度、開催しています。カフェには、毎回15~20人の方が見えて、情報提供やお話し合いをしています。このつながりが、みなさんの介護を少しでもラクにしてくれたら、と願っています。
気が付けば、父の介護を始めて4年半。私の生活も、価値観も、本当に変わりました。そして、会社員であり、管理職であることが、自分にとってのアイデンティティの一番ではなくなってきたことも感じていました。
最終回の次回は、Mさんの今後の展望についてお伝えします。
*写真はイメージです。
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プロフィール
I・Mさん(女性 51歳)会社員
千葉県在住。父母のもとを離れ、マンションを購入してひとり暮らしをしていたが、母親が脳梗塞で倒れ、母の看護とともに、軽度の認知症の父を引き取ることに。2時間の新幹線通勤を2年半続け、その後、父親はグループホームに。以後、家から比較的近い支所に異動したものの、週末は父親と過ごし、母親を見舞う日々に。
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