高級靴店の販売員だった夫。定年後もその職場で働き続け、順調に暮らしていたのに、突然のように字が書けなくなる、左右の見分けがつかない、車が運転できなくなる、幻覚が原因で妻のI・Rさんが浮気をしたと責め立てる……。レビー小体型認知症。
15年ほど前はまだあまり知られていなかったこの病気に侵された夫を、Iさんは13年間、介護し続けます。そして、介護の悩みを救ってくれたのは、周囲の人達のあたたかさでした。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
定年後も同じ職場で働き始めたが……
夫の最初の症状は、ひどい頭痛でした。60歳で老舗の靴店を定年退職。その後も、同じ職場で販売員として仕事を続けて1年ほどたったときでした。風邪かしら、脳梗塞だったら大変。そんな思いでかかりつけ医に付き添っていき、CTも撮りましたが、「特に問題はみつけられない」という答え。疲れからくるものかもしれないと、様子を見たのですが……。
その後、そのまま2年たち、職場に新しいレジの機械が入ったのですが、使い方がうまく覚えられない。もともと機械に弱い人だからしょうがないのかな、と思ったのですが、文字もうまく書けないし、右と左もわからなくなっているのです。車に乗ってウィンカーを右に出しても左にハンドルを切ってしまう。駐車場に車を入れようとしても、混乱して入れられない。剣道5段で、休日は剣道の道場に通っていたのですが、長年しめてきた面のひもが、全く結べなくなりました。そして、朝もきちんと起きられなくなりました。この時点で、もう仕事は無理だろうと判断し、退職することにしました。
再度かかりつけ医を受診すると、脳神経外科を紹介され、そこで診断されたのは「うつ病」。うつ病だけでこんなふうに左右がわからなく、字も書けなくなるはずがない…、と思っていると、次には「統合失調症」との診断が。その後、ようやく専門医にたどりついてくだされた診断が、若年性の「レビー小体型認知症」でした。
私の浮気を疑い、毎日責め立てる
レビー小体型認知症は、脳の神経細胞が原因不明に減少するという点ではアルツハイマー型と同じ病態ですが、症状が異なる面があるといいます。
レビー小体型認知症では、幻覚や幻視が現れ、苦しめられます。気分や態度の変動が大きく、穏やかかと思えば急に無気力状態になったり、興奮し錯乱したり、といった症状を、1日に何度も繰り返す場合があるといいます。また、パーキンソン病のように、歩行がうまくいかなくなり、体が固くなるのも代表的な症状。さらに、起立性低血圧が起こりやすくなります。立ち上がった時に血圧の大幅な低下がみられる症状で、ひどい場合には失神を起こします。
ちょうど夫の様子がおかしいと思っている頃に、新聞でレビー小体型認知症の特集をやっていて、主な症状が書かれていました。本当に驚きました。夫の症状がピタリとあてはまるのです。
夫の場合は、歩き始めは普通なのですが、うまく止まれないのです。赤信号でも上手く止まれないので、買い物や散歩に出たときは、うしろから抱き抱えるようにして必死で止めました。また、「寝るってどうやったらいいの?」などと聞かれて仰天したこともあります。どうやって寝るのか、座るのかの体の記憶もなくなり、介助しないと体勢が取れなくなることが多くなりました。
夫は入浴が大好きで、毎日入りたがるのですが、浴室に入るにも足がおぼつかず、「洗う」という行為もできないので、私が付き添います。しかし、入浴が終わって着替えて座らせておき、私が代わって入浴している間に失神と失禁をし、倒れることが多くなりました。意識障害も、この病気の症状の特徴です。
幻覚や幻想もレビーの症状の一つ。始まりは、「窓辺に小さなかわいい女の子たちが並んでいる」というようなことでした。そのうち、夫は私が浮気をしたと思い込むのです。たとえば、風邪気味の日に、「今日、あなたは体調が悪いから、入浴はやめましょうか…」と言うと、「おまえの浮気相手がそう指図したんだろう!」と言うのです。ヘルパーさんが男性なら、「あいつが相手か」と、勘違いして……。
辛かった。身に覚えはないし、毎日夫のためを思っているのに、わかってもらえない……。私がひとりになれるのは、夫を入浴させて座らせ、自分が入浴している間だけ。だから、浴室でよく泣きました。夫は60代の前半、私は50代後半、まだまだこれから楽しく生きられるはずのふたり人生が、大きく変わっていくのを感じて震えました。
次回は、症状が進む中での葛藤と、周囲からのサポートについてお送りします。
*写真はイメージです。
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プロフィール
I・Rさん(女性 72 歳)
東京都在住。お見合いで結婚、専業主婦として過ごす。夫が63歳の頃、突然字が書けなくなり、左右の見当もつかず、歩き始めたら止まらなくなる。レビー小体型認知症だと診断される。この頃、妻のI・Rさんは57歳だった。以後、献身的に介護をし、夫は特養、病院などを行ったり来たり。夫は74歳の時に亡くなる。子どもはなし。
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