認知症、そして肺の病気を患う父親は、どんどん弱ってきました。母親ひとりでは到底、介護が難しく、父親との確執のあったY・Aさんも、「面倒はみない」などと言っている場合ではありません。やっと軌道にのった仕事も辞めざるを得なくなりました。本来なら前途があり、恋愛に結婚にと夢が広がる20代後半での介護は、Yさんをジワジワと苦しめます。
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真夏の徘徊で呼吸器の病気も併発して
父の状態が悪くなったきっかけは、夏場に何度か徘徊したことだったと思います。もともと肺が半分しかない父、暑い中歩き回って、肺にも心臓にも負担がかかったのですね。心臓が肥大して、息苦しさも増してきました。そんなわけで外出もめっきり減り、横になる時間が増えて行きました。そうなると足腰もどんどん弱ってきます。トイレが間に合わないことが増え、いつの間にか、リハビリパンツを履くようになりました。
自己呼吸もうまくいかず、酸素ボンベを使うようになり、いつも鼻にチューブが入っている状態に。するとますます外出の機会が減ります。行き先といえば、デイサービスとショートステイだけ。家では、ベッドの横にサイドボードを置き、食卓にもつかずにベッド脇で食事をとり、寝たり起きたりの生活。訪問看護や訪問リハビリが入るようになりましたが、認知症もあるせいかぼんやりとして、まだ70代の半ばなのに、10歳も年上のように見えました。
さすがに、こんな状態で母にだけ介護を任せるわけにもいかず、やりがいのあった書店の仕事も辞めざるを得なくなりました。また、私には何もなくなってしまった……。虚無感が漂いました。このとき、29歳。普通なら、30歳を前に結婚を考えるような年齢です。でも、結婚など、私にとっては遠いことでした。今、目の前にいる父と、疲弊している母をなんとかしなければなりません。
けれど、一方でそんなに悲壮感はありませんでした。口うるさくて大嫌いだった父が弱ってきたことで、父に接することが少しは楽になってきたのです。結核を患ったことで、腰もだんだん曲がってきた父は、誤嚥性肺炎の心配も増えてきました。私には、命を預かるという、新たな使命も出てきました。
また、父の暴言などの症状に悩んでいた頃、家族そろって近くの認知症家族会に出かけ、会員になったことも大きかったと思います。うち同様に認知症に悩む家族と、当事者が集う会です。悩んでいるのは自分たちだけではないとわかりますし、認知症の情報も得られる。家族会に参加する当事者の方をたくさんみることで、母も私も、そして父も、認知症を客観的にとらえられるようになりました。
認知症の進行のせいか、2006年ごろから、私のことは「母の連れ子」と思っていた父。もう母のこともわからなくなりましたが、それでいいのだ、と思えました。
ただ、母のことは大好きで、もう他人だと思っているのか、たびたび母に「結婚してください」とプロポーズしていました。父のことを、微笑ましく思える瞬間でした。
病院から帰るなり、父が息を引き取って
ただ、呼吸の状態はどんどんひどくなるばかりでした。ひどい肺炎になり近くの総合病院に入院すると、CO2ナルコーシスという病名でした。体内に炭酸ガスが増えすぎて、それが原因でまずは頭痛から始まり、自己呼吸ができなくなる病気です。急性の場合には、ボンベに含まれる炭酸ガスを吸いすぎることによって起こることが多いといいます。ボンベの気体の調整は難しく、父の場合もこれが原因だったのかもしれません。細かい調整をすることも家庭ではなかなかできず、ついに療養病院に入院することになりました。
入院後は、「もう長くないかもしれないね」と母と覚悟を決めました。事実、何度か誤嚥性肺炎がひどくなり、病院から呼ばれることがありました。何度目かの呼び出しで、母だけが病院に行ったときには、意外に元気があって。「これなら大丈夫」と帰ってきました。けれど、帰ったとたんに、病院から「痰をのどにつまらせたようで、息がありません」と連絡が…。
母は座る暇もなく、私とともに病院に向かいました。私たちは終始無言。母は電車の中で、こらえきれずに泣いていました。2010年5月、私たちは家族をひとり、失いました。
次回は、ほっとする間もなく、母親が病気になった頃のことをお伝えします。
*本文中の写真はイメージです。
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プロフィール
Y・Aさん(女性 36歳)
東京都在住。2006年、もともと肺が弱かった父親が73歳のときに認知症を発症。肺の持病もこじらせて入退院を繰り返す。Y・Aさんは、この頃、父親の言動をめぐってうつ状態に。父親は2010年には療養病院へ。同年に亡くなる。一息つく暇もなく、2011年に母親がすい臓がんと診断される。抗がん剤の点滴をするが、2012年の末に70歳で死去。以後は、家族で暮らした家に一人暮らしをしている。
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