ご自分のプライドを大事にし、介護の手を借りたくない、老人ホームにも入りたくないと思っているお父様。もっと安全に暮らしてほしいし、リハビリもして外に出てほしい…、悩んでいたT・Iさんでしたが、次第に、「悩みの元になるものは、自分の中にあった」ということに気づきます。
最終回はお父様のために何をしたらいいのか、もう一度考え直す彼女の姿を追います。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
昔の父に依存しているのは私のほうだった
3度目の認定調査の時期が来て、もらった要介護度は要介護2になっていました。歩行器でしか歩けないこと、認知症がすすんでいることが「2」になった要因でしょう。この数字も、私をがっかりさせる理由でした。
ケアマネジャーさんが家に来たときに、思わずグチが出てしまいました。「どんどん要介護度がすすみますね。曜日もひにちも、食事をとったことさえ忘れて、この先、どうなっちゃうんだか……」。すると、笑われました。「だって、お父様90歳になられるんですよ。そう考えると、驚くほど明晰でいらっしゃいますよ。だって、新聞も週刊誌も、毎日熟読しているんでしょう、すごいですよ」。
父は読書家で、難しい本も難なく読みこなせる人でした。自宅の書棚にはあらゆるジャンルの本が並び、それでも読む本を日々求めました。書店に行くことが日課になっている時期もありました。なのに、いつしか読むものがエッセイなどの軽いものになり、ハードカバーの本も読めずに週刊誌になってしまったことを、私は憂えていました。エッセイでいいから、ハードカバーの本を読んでくれたらいいのに……。
「それは、ハードルが高すぎます。Tさんがそんなふうに『できなくなって悲しい』と思っていることを知っているから、お父様、かたくなになられるのかもしれませんよ。娘には弱みを見せたくないって」。
ハッとしました。自分では気が付いていませんでしたが、私自身が、過去の父の姿にしばられて、今の父を正視できなくなっていたのかもしれません。今の父を情けないと思ってしまって、怒鳴ったり泣いたりしたのかもしれません。そうだとしたら、父を苦しめていることになる……。
「お父様は、昔も今も、尊敬すべき方ですよ。お父様のすばらしさを、ご自身も周囲の人ももっと確認していただいたら、自信がついて、性格的にも明るく柔軟になるのかもしれませんよね。ご自身が自信を持てるようなことを、何か考えてさしあげたらどうかしら」。そう言って帰っていったケアマネジャーさんの言葉をかみしめました。
一番輝いていた頃の父をよみがえらせて
たしかに、そうです。たくさんの部下や秘書に囲まれながら、会社で采配をふるい、信頼されてきた父。あの頃の父は、生涯で一番いきいきとしていました。今の生活のことは、いろいろと忘れてしまいますが、当時のことは鮮明に覚えていて、90歳の今も、仕事の武勇伝を語ります。
以前、テレビで、「認知症の人に、昔のことを語ってもらうのはすごくいい」と言っていたのを思い出しました。思い出を想起することで脳が活性化しますし、輝いていた頃を思い出して語るという行為は、自分を楽しくする、と。そうか、今度、父のところに行ったら、昔のことを聞いてみよう、と思えてきました。私だけじゃなく、子どもたちや夫にも聞かせて、みんなに「すごい」と思ってもらい、言葉に出してもらおう。
また、とりたてて趣味のない父でしたが、ゴルフと囲碁はよくたしなんでいました。残念ながら、ゴルフはもうできませんが、囲碁ならできるでしょう。10年ほど前までは、ときどき碁会所に通っていたのです。が、自分に力量がなくなってしまったと悟り、行かなくなってしまいました。今となっては、碁会所に出向くことさえ困難です。
「ならば、家に囲碁をしに来てくれる人を探したらどうかしら? 定年退職をした男性などにお相手をしてもらったら? 高齢者支援のNPOやボランティア組織に、囲碁ができる人はいると思いますよ。お父様のプライドをくずさずに、上手に負けてくれるような人、ね(笑)。お父様のおメガネに叶う人を探すのは、少し大変かもしれないけれど、多少のお礼をするという条件なら、身の回りにもいらっしゃるのでは?」とケアマネジャーさん。
なるほど、と思いました。ぼーっと過ごす午後、囲碁ができれば父も喜ぶでしょうし、張り合いも出ると思います。さっそく探してみようと思えてきました。
今は、「弱ってきたら家をたたんで老人ホームへ」という選択だけではない、とも聞きました。介護サービスをプラスしたサービス付き高齢者向け住宅に住む、あるいはずっと在宅で、小規模多機能型居宅介護というサービスを利用するというのもあるのだそうです。
訪問介護、デイサービス、宿泊を柔軟に組み合わせて、臨機応変に対応してもらえれば、「ずっと在宅、というのも、お父さんの場合は十分に可能です。『もう危ないからホームに入る』と決めつけないで、少し調べてみてはいかがでしょうか」と、ケアマネジャーさんにも言われました。
これから父にどんなことをしたらいいのか、光が見えてきました。自分の感情や思いより、父の思いを大事にしよう。父の笑顔を輝かせることを、たくさんしよう。そう決心したら、自分の心も、きらきらと輝くような気がしてきました。
*写真はイメージです。
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プロフィール
T・Iさん(女性 54歳)インテリアコーディネーター
神奈川県在住。夫、社会人の長女、大学生の長男がいる。電車で1時間ほどの県内に今年90歳になる父親がいる。母親は昨年、特別養護老人ホームに入居。ひとりっ子なので両親の世話はひとりで担う。以前は忙しく仕事をしていたが、介護が始まった4年前からは量を減らし、週に3回は実家に出向く。叩き上げで平社員から取締役に上り詰めた父親は、プライドが高く介護を受けることを嫌うため、ケアがすすまないのが悩みの種。
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