同居する母親の認知症が発覚してから、生活が一変したE・Mさん。娘として、何ができるのか……。悩みの渦の中でもがく様子は、認知症の人の介護をした家族なら、共感できるはず。連載2回目は、脳の手術で葛藤する場面を中心に体験を語ります。
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100分の1の確率をどう考えるか――
銀行からおろしたばかりの30万円を、帰り道でなくしてからというもの、私は母をいつ病院に連れて行って検査をしようか、ずっと考えていました。「認知症の検査をしよう」などとはとても言えませんし、言ったところで拒否されると思ったので、「そろそろ健康診断の時期だね。ついて行くから、いっしょに行きましょう。こちらの自治体では、血液検査や尿検査のほかに、いろいろ尋ねて脳の状態をみる検査があるのよ。お母さんぐらいの年になったらみんなやるから、よろしくね」と、半ばうそをついて、大学病院の「ものわすれ外来」を受診させました。
調べてみたら、やはりアルツハイマー型の認知症だと言われました。やっぱり……。わかっていたものの、診断がつくと、落ち込みました。しかも、脳の萎縮だけでなく、脳の動脈瘤もみつかったのです。脳の血管が破裂して命を落とす可能性もあるなんて……。すがるように、医師に手術ができるかどうか、聞いてみました、すると、「微妙な位置に動脈瘤があるんです。上手く取り除くことができればいいのですが、ひょっとすると取り除くことで脳が傷つき、さらに記憶障害などがひどくなる可能性もあります」と言うのです。開頭手術はとても負担が大きい手術。それなのに、かえって脳の状態が悪くなるおそれもあるとなれば、考えてしまいます。医師によれば、「動脈瘤が破裂することはあまり多くなく、確率としては100分の1ぐらいではないでしょうか」。
ショックで、帰り道は無言でした。母も、認知症だと診断されたこと、そして脳に動脈瘤があること、ダブルパンチで力を落とし、ハラハラと涙を流しました。
隠していてもしかたありません。父にもありのままを伝えました。「ふたりとも、どう思う?」母はすぐに「手術はいやだ」と答えました。父も同様でした。ならば、無理に手術をするのは得策ではありません。まずは様子をみることにしました。病院からは、認知症の薬、アリセプトを月に1回処方してもらい、同時に動脈瘤の様子もチェックしてもらうことにしました。こうして、認知症である上に、爆弾を抱えたような母の生活が始まりました。
デイサービスになじみ、ひと息つけると思ったのに
それからも、母の認知症は徐々にすすんでいきました。父母の部屋にはキッチンもついていて、母が料理をすることになっていたのですが、たびたびこちらにやってきて、「カレーってどうやってつくるんだっけ?」「味噌汁のつくり方がわからなくなっちゃった」などと言うのです。何十年も作ってきた料理なのに、忘れてしまうのかと、驚きました。でも、気を取り直してその都度教えたり、部屋に行って手伝ったり。自宅エステの仕事をしていてもやってくるので、本当に困りました。でも、ストレスがたまって動脈瘤が破裂しても困る、と思えば、対応せざるを得ません。
いろいろ考えて、デイサービスへ通ってもらうことにしました。まずは要介護認定をいただき、ケアマネジャーさんに紹介してもらったデイサービスに、最初は週1日。徐々になれてからは3日に増やしました。母が家にいない間は、私もひと息つけ、安心して仕事ができました。最初、母はデイサービスをいやがっていましたが、歌を歌う時間があるのです。もと住んでいた家の近くのコーラスにもしばらく通ったのですが、帰り道がわからなくなりますし、私がついていくのも限界があり、通わなくなっていました。母は「デイサービスの歌があればいい」と腹をくくり、行く日を楽しみにするようになりました。よかった。しばらくは平穏な日々が続くと思ったのですが……。
そういうわけにもいきませんでした。母の認知症がすすむにつれ、父がそれを認められず怒鳴るようになり、母もまた怒りをむき出しにするようになったのです。父母の部屋からは、毎日のように怒号が聞こえるようになってきました。そのたびに飛んでいき、ふたりの仲裁をするのが日課のようになりました。
次回は父母のバトルの仲裁をするうち、自らも体調を崩すE・Mさんの様子をお伝えします。
*写真はイメージです。
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プロフィール
E・Mさん(女性 55歳)主婦
神奈川県在住。7年前、家の新築とともに両親と二世帯同居することになり、同居するとすぐに、母親の認知症が発覚。当時74歳だった。76歳の父親も持病を抱えていた。中学1年生の長女、高校1年生の長男、夫との平穏な暮らしに大変化が起きる。はじめたばかりの自宅での美容の仕事も休止せざるを得なくなった。悩まされたのは、父親とのバトル。激しく怒鳴り合った後、もっと激しく落ち込む母親に寄り添いながら、自らも体調を崩していった。
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