奥様が認知症になってから12年。ついに特別養護老人ホームに入ることになりました。「ひとりで介護をする」と献身的に奥様に尽くしてきたT・Tさんは、心にぽっかり穴があいたようにならなかったでしょうか? いえ、そこもまた、Tさんは達観していました。最終回に語ってくれた自身の思いと人生観。私たちの心にズシンと響きます。
*この体験談の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
ある日、特別養護老人ホームのあきが出た
認知症になってから7年半たった頃、妻の左腕は曲がってきました。脳梗塞があったわけでもなく、なぜ曲がってしまったのか、見当もつかなかったのですが、これも認知症と関係があるのでしょうか。私は心配して、マッサージの先生に妻の腕を動かしながらマッサージしてもらうことにしました。
腕を動かしてもらうと、痛いのか、癇癪を起こして、動くほうの手で、マッサージの先生をぶつんですよね。でも、先生も慣れたもので、笑いながらかわしてくれる。心配をする私にも、「まあ、気長にマッサージしましょう」と対応してくれる。ずいぶんと助けてもらいました。
妻は曲がらない腕に癇癪を起こし、モノが持てなくなったことにも癇癪を起こし。大きい声を出すことが多くなりました。着替えをさせるときも、腕を伸ばすと痛いのか、怒る、怒る。私が着替えさせる分には、なんとかなるのですが、若いデイサービスの職員さんは、大変だったと思います。
10年以上たったところで、ついに歩行が困難になりました。筋力はある、足も動く。促せば、手すりにつかまりながら、数歩は歩く。でも、自分から歩こうとはしないんです。これも、認知症の症状なのでしょう。発症から10年半たったところで、ついに車椅子になりました。
デイサービスの車に乗るには、自宅マンションから車椅子で出て乗り込みます。帰りも車椅子で玄関口まで戻ってくるのですが、その妻を迎えて抱き抱えるのが、だんだん重くなってきた頃、前々から申し込んでいた特別養護老人ホームから、「空きが出ました。入りますか?」と連絡がありました。
特養は、入りたくてもなかなか入れないと、よく言います。その特養も、何百人も待機しているほどだから、「まだ大丈夫だと思っても、早めに申し込んだほうがいい。悪くなる頃に入れれば幸運、というのが実情だからね」と、認知症家族の会の方からも聞いていましたが、まさにそのとおりになりました。
ためらいはありました。が、特養は家から近く、毎日通える場所にあります。これまでデイサービスにお世話になり、夜は自分で介護をしていたのを、夕食を毎日食べさせに行く、というふうに変えればいいのだと思い、入所を決めました。10カ月前のことです。
妻が特養に入ってからは、朝の時間も自由になったので、息子に譲った仕事の一部分を自分でも担うようになりました。だから、朝起きて出勤し、3時過ぎまで働いて、家に戻る。家の用事をいくつかすませたら、ホームに向かいます。これが日課です。夕食どきはホームも人手が足りなくて大変なので、食事を食べさせに行くと、少し助かるようです。勝手に食べ物を持ち込んだり、自分流に世話をするのは迷惑だと思うので、ホームの職員さんがやるように、妻に食べさせています。
和やかに食べさせていると、楽しそうだと思うのでしょうかね、ほかの利用者さんもそばに寄ってくるんですよ。いろいろ話しかけられ、答えながら妻に食事をさせるのが、私の気持ちも和やかにさせてくれます。
ひとりの生活になったからこそ、健康をキープする
当初妻は、ベッドでひとりで眠ることに慣れなくて、寂しい思いをしたようです。家では、いつも私が隣で寝ていましたからね。でも、今ではすっかりホームに慣れてくれました。私に「寂しくないか」、と聞く人も多いですが、そうですね、寂しくはないですよ。毎日妻には会いに行きますし、仕事もある。兄夫婦も近くにいるし、息子たちともうまくやっています。
妻のところから戻ると、夜7時半か8時になります。そこからが私の食事タイムです。たいていは、デイサービス時代からのなじみのパン屋さんやケーキ屋さんに顔を出し、閉店後の片付けが終わる頃にいっしょにビールを飲んだり、話したり。1日の終わりのそんな時間も楽しみになっています。住まいの界隈の人とずっと仲良くやってきて、よかったと思いますよ。付き合ってくれる知り合いが何人もいるから、ありがたく思います。
でも、そんな知り合いができたのも、妻をあちこち散歩に連れて行き、親切にしてもらったのがきっかけのことも多くてね。結局は、妻が作ってくれた人脈なんだなぁ、としみじみ思います。妻のおかげでいろんな人に出会え、いろんな楽しさを味わった。男一人でケーキ屋に入り、そこでビールを飲めるなんて(笑)。そんなことができるのも、妻の病気がきっかけだと思うと、おもしろいものですよね。
今でも私は認知症の会に出席をし、認知症サポーターとしても活動をしています。少しでも、私の体験が役に立つといいと思っています。
ホームとは、看取りの誓約書も交わしました。けれど、もちろん、妻には、いつまでも元気でいてほしいと思いますね。病気をしないで、私との夕食で食欲のあるところを見せてほしい。そして自分もまた、毎日妻のもとに通えるよう、元気でいたいと思いますね。
自分にとって、介護ってなんだろうと、ときどき考えるのですが。結局は、相手を幸せにするためというより、自分のためです。自分の気が済むようにやってきたわけですからね。だから、えらそうなことを言うつもりはまったくありません。これからも、自分のために、妻に会いにいく。それが、私の介護なのだと、思っているんです。
*写真はイメージです。
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プロフィール
T・Tさん(男性 74歳)自営業
3人の息子さんとともに5人家族で暮らすうち、Tさんが62歳、奥様が60歳のときに、奥様が認知症を発症。デイサービスとショートステイだけを使って11年間、だれにも手伝ってもらわず、ひとりで介護を続けた。いつもふたりで寄り添い、旅行や買い物にもふたりででかけていた。歩行が困難になり、車椅子になってから2年、申し込んでいた特別養護老人ホームのあきが出て、10カ月前に入所。現在は毎夕、食事時間に訪問、仲のいい夫婦としてホームでも有名。
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