高齢になるにつれ「食欲がわかない」「入れ歯が合わなくて噛めない」など、食事に関する悩みが増える傾向があります。食事は日々の健康にも大きな影響を与えるため、介護する側も悩みを抱えやすい問題です。食べられないことは生命にも関わり、試行錯誤が必要な大きな課題でもあります。
食事の問題を解決する糸口とは。デイサービス職員として実際に経験したケースをご紹介します。
<ライター:西野 うみ(社会福祉士・ヘルパー2級 高齢者施設勤務)>
一人暮らしで食事の管理ができないMさん
83歳、一人暮らしの女性Mさん。着替えや排泄など、身の回りのことは自立しています。しかし、買い物や調理はできず、昼の食事はデイサービスで、朝夕は娘さんが届けてくれるお弁当や惣菜などを食べていました。
娘さんは仕事が忙しく毎日は来られないため、数日分をまとめて置いていくこともあります。Mさんはクーラーが苦手で、夏場もあまりエアコンを使用せずに過ごしていました。ある日デイサービスの迎えに伺うと、冷蔵庫に入れず放置されてた食事をMさんが食べているところでした。
もったいないし、傷んでいても気にしない
Mさんは、戦時中の経験から「食べ物を無駄にしてはいけない」という意識が特に強い方でした。そのため、食べ物を残したり捨てたりすることはしません。
そのうえ、高齢のため味覚が鈍り、悪くなった食べ物の認識ができなくなっていました。賞味期限の管理も難しく、あるものは何でも気にせずに食べてしまいます。
Mさんは「お茶をしっかり飲む」という意識も強く、すぐにお茶を飲めるようにコップをテーブルに置きっぱなしにしていました。しかし中身はヌルヌルしており、不衛生な状態です。
現状のサービスでMさんの三食を管理
もともとMさんに対しては、デイサービス送迎時に着替えや持ち物の準備、戸締り等の介助を行っていました。そのため追加事項として、送迎のときには冷蔵庫内をチェックして食べ物の管理を行うことに。
また、Mさんはデイサービスから家が近く、いつも一番に来所していました。朝食はパンなどを持参していただき、特別に他の利用者が来るまでの時間で食べてもらうことにしました。
夕食は、送迎した職員が「夕食にはこれを食べたら?」と提案して、冷蔵庫から取り出しやすい手前に置いて帰るようにしました。デイサービスの職員は、なんとか現状のサービスでMさんの三食を管理できるように、小さな工夫を積み重ねていったのです。
娘さんはMさんが腐ったものを食べていたことに気付いていませんでした。驚いていましたが、買い置きする食材の見直しと、「何を食べたか」「何を処分したか」の情報共有を行うようにしました。
食事管理が困難なら配食サービスも
Mさんのように食事管理が難しい一人暮らしの高齢者は少なくないでしょう。しかし、ほぼ毎日デイサービスを利用するMさんのような方や、近くに家族がいる方ばかりではありません。
そのような方であれば、お弁当を届けてくれる配食サービスやホームヘルパーなどの利用を検討する必要があります。
毎食バランスよく食べるのが理想ですが、困難であれば朝はパンなどで軽くすませて、昼はデイサービスでしっかり食べる、夜は配食サービスを利用するなどという手もあります。もちろん抱える疾患にもよりますが、1日を通して栄養や摂取量を調整するという方法もひとつの手段でしょう。
食事が苦痛なKさん、食欲がわかず食事を拒否
92歳、寝たきりの男性Kさん。嚥下機能の低下から誤嚥してしまうことが多く、苦しくなると「もういらない」と食事を拒否します。そのため、食事の摂取量が著しく低下していました。
娯楽の機会が少ない高齢者にとって「食事=楽しみ」という方が多い中、Kさんにとっては「食事=苦痛」でしかなかったのです。
食べる意欲がないうえに、提供される食事はどうしても見た目も味も劣ってしまいがちなミキサー食。いくら美味しいハンバーグだとしても、普通のものとミキサーにかけられたものでは味も変わってしまいます。
しかし、Kさんは嚥下機能の問題で食事形態の変更は難しいのです。食事が摂れないので低栄養で体力も低下、褥瘡(床ずれ)の治りも悪いという悪循環が続いていました。
栄養バランスや摂取量へのこだわりを捨ててみた
ご家族やデイサービスの職員は、Kさんの体力や栄養面から「なんとか食べてもらいたい」と考えていました。しかしこれがまた、「食事=義務=苦痛」という悪循環になってしまったのです。
強要される食事は、誰でも楽しくないものです。そこでKさんの立場になって、思い切って栄養バランスや摂取量へのこだわりを捨てました。初心に戻り、食べる意欲や楽しみを取り戻してもらうことからスタートしてみました。
Kさんは甘いものが大好きでした。処方されていたエンシュア(総合栄養剤)をデイサービスに持参してもらい、甘いもの中心の食事をスタート。塩分や糖分などの食事制限はなかったため、フルーツやデザート類を少し多めに提供しました。
好きなものを食べて食事に意識が集中したところで、ご飯やおかずを一口ずつ間に挟んでいきました。甘いものしか食べられない日、摂取量が増えない日などムラはありましたが、甘いものを食べられる食事の時間はKさんの楽しみへと変わっていきました。
「食事とは何か」を考え直してみることの大切さ
ほどなくKさんは持病が悪化して入院。しばらくして亡くなってしまいました。しかし「入院して口から食事を摂れなくなる前に好きなものを食べさせてあげられて良かった」と、ご家族は満足されていました。
デイサービスの職員一同も、このとき「思い切ってKさんの食事を栄養重視から嗜好重視にしたのは間違いではなかったんだ」と思うことができ、ほっと一安心したのを覚えています。
食事の目的は栄養補給だけでなく、楽しみや生きがいにもつながります。年を重ねると、味や嗜好よりも健康を意識した食事にばかり気を取られ、楽しみよりも義務感が強くになりがちです。
あまりにも偏った食事や暴飲暴食はいけませんが、食事の意義を見直してみることで、食べる意欲も変わってくるかもしれません。
まとめ
今回ご紹介した2つのケースは、文章ではすんなり解決したように見えるかもしれません。しかし実際のところ、解決まではご家族とデイサービス職員で試行錯誤の連続でした。
高齢者の食事問題は、視点を変えれば意外なところに解決のヒントが見つかるかもしれません。担当のケアマネジャーや介護職員と相談しながら、小さなアイディアから実践していってみてください。