
河出岩夫さん
近頃、シニアの「自分史づくり」が注目されています。70年、80年のこれまでの人生を振り返り、その“生き様”を綴って家族や友人・知人、さらに会社の幹部などの場合は取引先や社員などに配って読んでもらうことができます。
書いた人が亡くなった後は、「こういう人が確かに存在した」と、その存在を後世にとどめておくものになります。
では、自分史づくりにはどんな意義があり、またどのようにつくればいいのでしょうか。自分史活用アドバイザーの河出岩夫さんに話を伺いました。
「自分史活用アドバイザー」という資格を認定している自分史活用推進協議会は、その活動理念として「自分史で日本を元気にする」ことを掲げています。その意味について、河出さんは次のように説明します。
「自分史づくりを通じて、自分の過去を振り返り、“自分らしさ”や“自分の長所・短所”を整理して開示することができます。そして、読んだ人から感想をもらうなどしながら、社会との関わりを確認したり、“代わりのない、かけがえのない自分”を再認識することを通じて、自分という人間がこの世に存在した価値にあらためて気づくことができるのです。そういう人が増えれば、日本を元気にすることができるという理念があります」
では、自分史はどうやってつくればいいのでしょうか。しっかりしたものをつくるには、河出さんのような自分史活用アドバイザーに相談するのがいいでしょう。
自分史活用アドバイザーは、シニア層を対象に資産運用や相続、遺言、介護、保険などの相談を手がける各業界のプロフェッショナルが、サービス力向上の一環として手がける場合が多いそうです。ちなみに、河出さんは河出書房という出版社に関わっています。自分史活用アドバイザーは、自分史活用推進協議会のホームページで紹介されています。
自分史活用推進協議会ホームページ
自分史のカタチは自由でOK!
自分史づくりは、まず、目的を明確にすることから始めます。
「“生きた証を残したい”“余生の活力にしたい”など人それぞれですが、その人がどんな動機を持っているのかをまず知ることが大切です。それを知るわかりやすい手段は、“誰に読んでほしいのか”をはっきりさせることです。身内だけでいいのか、友人・知人にまで広げるのか、それとも会社関係まで配りたいのか。身内だけの場合は“狭く深く”書くことがいいでしょうし、会社関係の場合は仕事の裏話を詳しく書くなど、対象によって書く内容や書き方が変わってきます」
次に、体裁です。“自分史”と聞くと、平綴じの立派な本をイメージするかもしれませんが、「そんな既成概念にとらわれる必要はない」と河出さん。俳句や短歌が好きな人ならば、句集や歌集で人生の折々を表現してもいいし、写真が好きな人ならば、思い出の写真に説明書きを添えるスタイルも一興です。さらに、映像があればビデオの形でも構わないのです。
「本の形じゃなければならない、ということもありません。ご自分が表現したい形でつくることが一番です」
また、「自分は大したことをやってきていないので、書くことなんかない」というような人の場合は、子どもや孫、親友などにエピソードを書いてもらうというもあります。「本人は5ページでも10ページでも書けるだけ書けば、あとはいろいろ編集することもできる」と河出さん。
記述の中に時代背景を書き加えることで、その人の活躍の様子がイキイキと描き出される。自分史アドバイザーは、そんなテクニックもアドバイスしてくれます。
自分史を「米寿」や「金婚式」のプレゼントに

自分史について詳細がわかる『自分史のすべて』(色川大吉著 河出書房刊・自分史活用推進協議会推薦)
ところで、気になるのは費用のこと。これもいろいろなパターンがあります。河出さんは次のように説明します。
「極端な場合は、ノートとペンがあればできてしまいます。200~300円程度でしょう。また、書き込み式の『自分史ノート』が2000円前後で売られていますので、それを利用する方法もあります。そうではなく、やはりオリジナルな本の形にしたいという場合は、原稿をネットで送ると本に仕上げて送り返してくれるようなサービスもあります。この場合は5~10万円ぐらいでしょうか。そして、プロのライターに聞き書きを依頼し、立派な本の形に仕上げるという手の込んだものにするには、数百万円は必要になります」
「出来上がった本を、もっと世の中の人に読んでもらいたい」という場合は、どうしたらいいのでしょう?
中には、「自分史を書店で売りたい」という人もいるそうですが、一般人の自分史を書店に流通させることは非常に難しいことです。けれども、インターネット販売であれば比較的ハードルは低くなるといいます。どうしてもという場合は出版社に相談してみるのもいいでしょう。
また、国会図書館や地域の公立図書館に寄贈して置いてもらうという手もあります。長年生活しお世話になった地域の人に読んでもらうのも、意義があることでしょう。
自分史は、本人がつくりたいと申し込むだけでなく、家族が米寿や金婚式などのお祝いとしてプレゼントするというケースもあります。
「当初はご本人が嫌がるケースもありますが(笑)、話を進めていくうちに次第に前向きになっていく方も多いですよ。“家族史”にしていただくと、後世にも代々残っていく素敵なプレゼントになると思いますね」と河出さんは言います。
自分史をつくった方にインタビュー!

上谷謙二さん・節子さんご夫妻
上谷謙二さん(89歳)は、2014年12月、『友ありて』という題名の100ページ近い自分史を100冊、つくりました。「自分史活用アドバイザー」の河出岩夫さんの知人である長男が「いい記念になるから」と勧めたのがきっかけです。
尋常小学校時代と初年兵時代の交友関係がテーマとなっており、1ページ完結で様々なエピソードについて描いた直筆の絵と文章が半々という構成になっています。
「息子から最初に聞いた時は、『自分の生い立ちのことを全部書いて本にするだなんて嫌だ』と言ったんです。
すると息子は、『全部なんて書かなくてもいい、書きたい時のことだけでいい』って言うんで、それなら書き溜めていた記録があるから、それを基にすればいいと思いました」と上谷さんは言います。

上谷さんの自分史『友ありて』
上谷さんと面談した河出さんは、「子どもの頃の忘れがたい友だちとの日々が上谷さんの大切な思い出であり、広い意味で“友人”というものが上谷さんの人生のテーマ」と感じ、また上谷さんが絵が得意なことから、『友ありて』という題名と前述の構成を提案しました。
「実際にあったことを絵や文章にしたので、そんなに時間はかかりませんでしたね。全部で2~3週間ぐらいだったと思います。もし、ああしろ、こうしろとうるさいルールがあったら、嫌になっちゃったでしょうね」と上谷さんは笑います。

『友ありて』では、上谷さん直筆の絵が全ページを飾っている
出来ばえについて、上谷さんは次のように言います。
「こんないい本になって、本当に良かったです。子供や孫、昔の友だちにも読んでもらえるのが嬉しいですね」
以前、高校の国語の教師をしていた上谷さんは、同窓会の時に教え子にも読んでもらったそうです。
「みんな、凄い凄いって言ってくれます(笑)」
妻の節子さんも、知人に配ったそうです。
「絵が面白くて、読みやすくていいと好評でしたね」
そして、この本を誰よりも手に取っているのは、当の上谷さん自身なのだそう。
「ダイニングテーブルの上に置いて、飽きもせずしょっちゅう見ています(笑)」と節子さん。
「これは大切な宝物になりましたね。本当につくって良かったと思っています」と上谷さんは満足そうに目を細めました。