3回にわたり、「がん治療の意思決定」について、ケーススタディも交えながらどう治療を考えていったらいいか、誰に、どのように意見を聞いたらいいかなどを取り上げてきました。
第4回の今回は、高齢者のがん治療を考えるためのデータを集めました。
治療は、ご本人の病状や体力により一人ひとり、その方に適したものを考えていく必要があります。ただ、大勢の患者さんのデータを集めた調査結果などをみることで、大まかな流れがつかめたり、傾向を知ることができます。
高齢者のがん治療を考える際の、参考にしてみてください。
<監修:上條内科クリニック 院長・医学博士 上條武雄 / 文:星野美穂>
*「がん治療の意思決定」の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
高齢者の手術にはリスクがある
がん治療は、特にがんが一か所にとどまっているような早期のステージでは、手術でがんを切除することが第一選択となることが多いものです。
ただ、高齢者の手術は、若い人と比べるとリスクが高くなります。
手術は成功し、がんは取れたけれども、手術をする前よりもからだが動かなくなったり、元気がなくなってしまうのでは、本末転倒です。
がんの手術をすることにより、どんなリスクの可能性があるのか、そしてそれは元に戻ることがあるのかを知っておくことが必要です。
75歳以上の10人に1人が「術後せん妄」を発症
公益財団法人 長寿科学進行財団が行った調査(*1)によると、75歳以上の高齢者の胃がん、大腸がんの待機手術(あらかじめ予定されていた手術)の術後の重症合併症のうち、最も多いのはせん妄で10%に発生していることがわかりました。
続いて、呼吸不全(8%)、縫合不全(4%)、創感染(4%)、肺炎(4%)が起こっていました。
▼急性期術後合併症(重症例)223例中63例(28%)
合併症 |
症例数 |
せん妄 |
23例(10%) |
呼吸不全 |
18例(8%) |
縫合不全 |
9例(4%) |
創感染 |
8例(4%) |
肺炎 |
8例(4%) |
高血圧 |
7例(3%) |
無気肺 |
5例(2%) |
不整脈/低血圧 |
各4例(2%) |
DIC/腸閉塞 |
各3例(1%) |
排尿障害/敗血症/真菌感染症/創し開/吻合部狭窄 |
各2例(1%) |
心不全/黄疸/腎機能障害/腎不全/尿路感染症/膵炎/腹腔内出血/腹腔内膿瘍/神経麻痺 |
各1例 |
*公益財団法人長寿科学振興財団「手術リスク」より転載
上記の結果は、75歳以上の高齢者の胃がん・大腸がん待機手術をおこなった223例の術後経過を術後6ヶ月まで調査したものです。
その結果、重症な術後合併症の発生率は28%でした。
手術後のせん妄は、手術後1~3日経過してから急に錯乱したり、幻覚や妄想で興奮状態に陥ります。
たいていは1週間ほどで落ち着いていくといわれていますが、せん妄を起こすと暴れたり大きな声を出すなどするため、ご家族や医療職のケアの負担が大きくなります。
また、点滴の管を抜いてしまったり、暴れてベッドから落ちるなどご本人に危険が及ぶ恐れもあります。
術後せん妄が起こるのは、高齢であることに加えて、認知症があったり、脳梗塞の既往があるなどの要因が考えられます。そこに、手術や麻酔といった負担が加わると起こしやすいといわれています。
せん妄を起こさないよう予防することが大切で、手術前に十分説明しご本人の不安を取り除くこと、術後は早期にリハビリを開始し、昼夜のメリハリをつけて生活するなどが予防につながります。
第2位の呼吸不全は、肺炎を引き起こし死亡に至ることもある合併症です。
しかし、これも禁煙したり、手術前から腹式呼吸の練習をしておくなどで発症リスクを下げられます。
手術によりどんな合併症が起こる可能性があるか、そしてそれを予防するためにはどんな方法があるかを知ることは、治療法を選択する上で大切なことです。
ADLの術後低下は、ほとんどがやがて回復
また、手術後、ADL(日常生活動作。食事・着脱衣・排泄・移動など、人間の基本的な日常生活動作を評価する指標)が低下した患者さんは24%いましたが、低下したADLは術後3~6か月でほとんど回復したという結果も得られています。
ADLは、高齢者ほど、またがんが進行していた人ほど低下しやすいという結果でした。しかし、手術後しばらく時間をおけば、手術前と同じくらいには日常生活活動ができるようになる方がほとんどのようです。
こうしたデータをあらかじめ知っていることで、術後すぐには活動できなくなったとしても、時間が経てばある程度は動けるようになるという希望を持つことができます。
高齢者の抗がん剤使用の意義は?
がんがからだの中に散らばっている可能性があったり、手術をしても取りきれなかった、見つかったときには手術ができないステージだった場合などは、抗がん剤を使った治療が行われます。
現在、標準治療と呼ばれるがん治療に使用される抗がん剤の治療効果は、もちろん科学的に確認されています。
しかし一方で、吐き気や肺炎、感染症にかかりやすくなるなど重い副作用が出る可能性があることもわかっています。
臓器の機能が衰えていたり体力が落ちている高齢者は、そうでない人と比べて副作用が出やすく、抗がん剤によるデメリットがメリットを超える場合も少なくありません。
抗がん剤を使うことが、患者さんご本人のメリットとなるのか、逆に治療により負担を大きくしてしまわないか。それがわからないと、治療の選択も難しいでしょう。
まだ予備調査の段階ですが、それを調査したデータがあります。
厚労省ががん治療のデータ分析を開始
厚労省は、がんが進行している高齢の患者さんが適正な治療を検討できるようにするために、全国のがん患者さんのデータを集めて詳細な分析を行うという方針を打ち出しています。
2017年4月には、その予備調査結果が国立がん研究センターから発表されました(*2)。
この予備調査は、進行がんでの抗がん剤治療と、放射線治療を含む緩和治療での生存日数を、高齢者と非高齢者で比べています。
2007年から2008年に国立がん研究センター中央病院を受診した肺がん、大腸がん、乳がんなどの患者さんの登録データから分析したものです。
その結果、たとえば肺がんでは、抗がん剤治療をした人としなかった人の生存時間を比較した場合、75歳未満では抗がん剤治療をした人のほうが、生存時間が長いという結果が得られています。
一方、75歳以上では、抗がん剤治療をしてもしなくても、生存期間は変わらないという結果でした。
大腸がんでは、もっとも重いステージであるⅣ期の患者さんにおいて、抗がん剤で治療した人と、手術をしてがんが取りきれた人の生存時間を比べたところ、いずれの年齢においても抗がん剤のほうが生存時間は短いという傾向だったそうです。
今回の調査は予備調査の段階なので、確実に参考にできる解析結果を出すところまでは至っていません。ただ、今後、大規模な調査が進んでいくと、高齢者での抗がん剤の有効性がはっきりしてくるでしょう。
医師は、このようなデータを頭にいれた上で目の前の患者さんに向き合い、何が一番良い治療なのかを考えています。
がん治療を担当する医師が、ご本人やご家族ともこうしたデータも共有し、一緒に治療を考えてくれるなら、より良い「がん治療の意思決定」ができると思います。
もし情報の共有がないようでしたら、ご本人やご家族から「参考にできるデータなどはありませんか?」などと質問することで、一歩進んだ話し合いができるのではないでしょうか。
参考
*1 公益財団法人 長寿科学振興財団 健康長寿ネット「手術リスク」
*2 国立研究開発法人 国立がん研究センター「高齢者へのがん医療の効果にかかる研究報告」
*「がん治療の意思決定」の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
●「高齢者のかかりやすい病気・疾患」の一覧を見る
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。