今回の連載テーマは、在宅医の上條先生が伝える「がん治療の意思決定」です。
第1回では、がんを患ったご本人の意思を尊重することの重要性について、第2回では治療した結果、しなかった結果などを予測することの必要性についてお伝えしました。
ただ、「結果を予測して、治療を選択する」といっても、医療の専門家ではないご本人やご家族にはたやすいことではありません。
第3回の今回は、がん治療の相談先と、かかりつけ医の役割について取り上げます。
<監修:上條内科クリニック 院長・医学博士 上條武雄 / 文:星野美穂>
*「がん治療の意思決定」の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
がん治療担当医に確認すべきこと
ご本人に適したがんの治療を選択するためには、ご本人やご家族が現在の状況を正確に把握しておくことが重要になります。
がん治療の担当医に、以下のことを確認しておきましょう。質問事項をメモしておくと、聞き忘れることなく、効率よく質問することができます。
確認事項1 「病名と進行度」
ご本人、ご家族が正確な病名と進行度を知ることは、治療法を決定するにしても、その相談を誰かにするにしても、重要です。それを知らないと、正しい選択も相談もできません。
病名は、より詳しいものが必要です。たとえば、「肺がん」と一口にいっても、非小細胞肺がんと小細胞肺がんでは、治療法もその経過も全く異なります。がんがどの程度進行しているかによっても、治療の選択肢は変わってきます。
ご本人がどんながんなのか、そして今、どんな状態にあるのか、担当医から詳しく説明してもらいましょう。
確認事項2 「治療法について」
たとえば、使用する抗がん剤の名前や治療期間など、具体的な治療法を聞きましょう。
手術なら開腹手術なのか、腹腔鏡を使った手術なのか、など。術後、回復までにどれくらいの時間が必要か、手術前と同じ生活ができるのかなどの確認も大切です。
医師が提案した治療法が標準治療であるかどうかも確認します。
標準治療とは、現在利用できる最良の治療であることが科学的に証明され、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される治療をいいます。
標準治療でない治療法なら、なぜその治療法を選んだのか、ほかの治療法はないのか、あるとしたらどんな違いがあるのかなど確認すると良いでしょう。
確認事項3 「治療の目的」
がん治療の目的としては、がんの根治(がんが消滅するまで治療を行うこと)を目指す場合や、根治は目指さないまでも生存期間の延長を目標とする場合、現在出ている症状を緩和して、穏やかな毎日を送ることを目指す場合などがあります。
がんの根治を目指す場合、からだの負担が大きい治療となることが多く、それにより衰弱してしまうことも考えられます。
これから行おうとしている治療が、なにを目的としているのか。そしてそれはご本人の意向や現在の状況に適したものなのかを確認しておくことは大切です。
確認事項4 「治療のリスク」
治療の目的でもお伝えしましたが、根治を目指す場合などは、よりからだの負担が大きい治療になりがちです。抗がん剤を使った治療は、効果も見込める一方、副作用も出やすいことがあります。
その治療でどんな副作用が出る可能性があるのか、対処法はあるのかなど聞いておきましょう。
担当医のほか、病院の薬剤師も薬について詳しく説明してくれます。薬についての詳細は、薬剤師に聞いてみてもいいでしょう。
がんの治療方法に悩んだら「がん相談支援センター」へ
上記のことは、治療を選択する上で、最低限確認しておいていただきたい項目です。
ただ、それらを聞いたからといって、すとんと理解してすぐに治療法が決定できる方は少数だと思います。
疑問や迷いを持つ方も多いでしょう。もっと詳しく知りたいけれど、担当医にはそれ以上聞けないと遠慮してしまう方もいらっしゃると思います。
治療を行う医療機関に医療相談窓口などがあるなら、それを使うのも良いでしょう。ただ、そうした窓口がない医療機関も少なくないのが現状です。
そうした場合の相談先として、全国の「がん診療連携拠点病院」などに設置されている「がん相談支援センター」があります。
「がん相談支援センター」の探し方
「がん診療連携拠点病院」とは、全国どこでも質の高いがん医療が受けられるように、厚生労働大臣が指定した施設です。2017年4月1日現在、診療連携拠点病院は400施設、地域がん診療病院は34施設あります。
これらの施設は、がんの相談支援センターの設置が義務付けられています。相談支援センターは、その医療施設に通院している方だけでなく、地域の人が誰でも利用することができます。
治療に迷ったら、相談支援センターに足を運んでみましょう。
近くの相談支援センターは、がん情報サービスの「がん相談支援センターを探す」から検索することができます。
かかりつけ医にも相談を
そうした公的な相談窓口を利用する一方、やはり考えていただきたいのが、かかりつけ医の存在です。
かかりつけ医は、患者さんご本人やその家族についてよく知っている存在です。また、地域で受けられる医療や介護についても把握しています。
私は在宅医であり、多くの患者さんのかかりつけ医です。
ずっと診ていた患者さんががんになったとしても、紹介状を書いて「じゃあ、あとは大きな病院で相談してくださいね」といった形で関係が終わるものではないと思っています。
がん治療を別の病院で行うとしても、患者さんやご家族が悩んだとき、不安に思った時に、がんの治療担当医と患者さん・ご家族の間に入ってその迷いや不安を受け止めてあげる、それがかかりつけ医の1つの役割だと思っています。
特になんらかの障害を抱えて地域に帰って来る場合、自宅や施設でどういうケアができるのか、病院の医師ではわからないこともあります。
第2回で紹介したように、かかりつけ医なら、手術した場合、手術しなかった場合の可能性を、患者さんの状態と周りの環境も考え合わせてアドバイスすることができます。
「在宅医 ドクター上條に聞く」のコーナーでもたびたび申し上げていますが、このような場合のためにも、信頼できるかかりつけ医を普段から意識して持っておくことが大切だと考えています。
緩和医療が必要になる前にしておきたいこと
現在は、在宅で使える抗がん剤もあります。がんの種類によっては病院から引き継いで、抗がん剤治療を自宅で続けることも可能になっています。
また、病気が進行して、緩和医療が必要になることもあります。
本来、緩和医療は、がんの末期になってからではなく、初期から患者さんの状況に合わせて提供されていくものです。
ですが実は、今、ホスピスなど緩和医療ができる施設は不足しています。必要になってから探したのでは、なかなか順番が回ってこないのが現状です。
がんが初めて告知されて受け止めきれない、治療法が決められずに悩ましい、これからが不安で眠れない、そんなとき、かかりつけ医が頼れる存在になります。
かかりつけ医なら、自宅や施設でも苦痛を減らす緩和医療を行うことができます。
また、がんが進行して積極的な治療ができなくなったときも、かかりつけ医は、最後まで患者さんやご家族に寄り添う存在であると思うのです。
がんの治療が始まった時、いずれ訪れるかもしれない緩和医療を見越して、かかりつけ医に「自宅に帰ってきたとき、あなたに診て欲しい」と伝えてみてください。
かかりつけ医が今は在宅訪問診療を行っていなくても、心づもりをしてもらえるかもしれません。在宅での緩和医療の準備をしておいてくれるかもしれません。
もし診てもらえるのであれば、ご本人やご家族は「自宅に帰ってきても大丈夫なんだ」と安心できます。
がん治療の相談役としても、ぜひかかりつけ医を活用していただきたいと思っています。
次回は、がん治療の選択に役立つ、高齢者のがん治療のデータを解説します。
*「がん治療の意思決定」の1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
●「高齢者のかかりやすい病気・疾患」の一覧を見る
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。