認知症では、薬の治療で完全な治癒を目指すことができません。
アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の中核症状(病気そのものの症状)に対して行われる薬の治療は、認知機能の維持・改善を目指し、健康保険が適用されます。その他の認知症の中核症状に対しては、医学的に有効と認められて健康保険の適応となっている薬はありません。
BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)にも薬が有効な場合がありますが、医師と家族がご本人の意向なども踏まえながら慎重に話し合って進めることが大切です。
接し方やリハビリなどと合わせ、ご本人のQOLを上げることが認知症に対する薬の治療の目標なのです。
<監修:上條内科クリニック 院長・医学博士 上條武雄 / 文:椎崎亮子>
認知症に対する薬の治療の意味
認知症の中核症状に対する薬の治療は、認知機能を維持し、進行を遅らせるためのものです。
認知症の発症には、何かしらの原因になる病気が存在します。その病気によって脳の神経細胞がダメージを受けるのです。
それを再生させる薬は、残念ながら2017年現在、存在しないため、「治癒」を目指すことはできません。
薬を使うことで、ご本人が少しでも楽に生活できたり、良い状態が維持できることを目指します。
「アルツハイマー型認知症」に対する薬の治療
アルツハイマー型認知症に対する薬の治療が始まったのは、ごく最近のこと。ドネペジル(薬剤名アリセプトなど)が日本で初めて認知症の治療薬として発売されたのが1999年、保険適応となったのが2004年です。
その後、ガランタミン(薬剤名レミニール)、リバスチグミン(薬剤名リバスタッチ/イクセロンパッチ)、メマンチン(薬剤名メマリー)の3種類が、2011年に相次いで保険適応となりました。
現在、アルツハイマー型認知症の中核症状に対する薬は、この4つだけです。
ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3つは、同じ理論に基づいた薬です。
アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の方の脳の中では、脳の神経伝達物質であるアセチルコリンという物質がうまく働かないことが知られています。アセチルコリンが働かないと、記憶力などが低下します。
そこで、アセチルコリンを壊す働きを持つ酵素をブロックして、アセチルコリンの働きやすい環境を作ることで、脳の働きをアップさせようというのが、この3つの薬の共通するところです。
メマンチンは、同じく脳の神経伝達物質であるグルタミン酸の働きを調整します。グルタミン酸は化学調味料の原材料として知られていますが、自然界や人体の中のさまざまな場所に、もともと存在する物質です。
人間の脳内にも、グルタミン酸によって活動する神経系統があります。
アルツハイマー型認知症の方の脳では、グルタミン酸の受け渡しがうまくいきません。すると、脳神経細胞が過剰な刺激を受け続けることになります。
それが、記憶力などの認知機能が低下する一因と考えられています。メマンチンはこの刺激を調節することで、認知機能の低下を抑えようとするものです。
ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3つは、同じような働きの薬なので、併用することはできません。
ただし、メマンチンは別の働きの薬であるため、前の3つの薬と併用が可能です。
●アルツハイマー型認知症について、詳しくはこちら
→アルツハイマー型認知症とは
「血管性認知症」に対する薬の治療
血管性認知症の薬の治療では、認知症の原因となった脳卒中などの病気を再発させないことが主な目的です。そのため、認知症の薬よりも、血管障害を起こさないようにする薬が使われています。
高血圧がある場合はそれをコントロールする薬、脳梗塞が原因だった場合はアテローム血栓を作らないために、抗血小板薬などの血栓を作りにくくする薬が使われます。
また、心臓の機能に問題があって発症する心原性脳塞栓症が原因であった場合には、また別の、血液を固まりにくくする薬が使われます。
記憶障害やその他の認知機能障害に対しては、アルツハイマー型認知症で使われる4種類の薬が使われることもありますが、健康保険は適用できません。
●血管性認知症について、詳しくはこちら
→脳卒中が原因の「血管性認知症」とは
「レビー小体型認知症」に対する薬の治療
レビー小体型認知症に対しては、2014年にドネペジルが健康保険で使えるようになりました。認知機能障害および、レビー小体型認知症の特徴である幻視などの幻覚も軽減する効果が期待できます。
その他の薬については保険適用外になりますが、症状に応じて使われることがあります。
また、手足の運動機能の障害が起きるパーキンソン症状の治療として、脳内で減少しているドーパミンを補充する薬(レボドパ・カルビドパ配合錠など)が使われます。
●レビー小体型認知症について、詳しくはこちら
→レビー小体型認知症とは
「前頭側頭型認知症」に対する薬の治療
前頭側頭型認知症では、記憶障害や見当識障害が目立たず、社会的に不適切な行動や、意味がないように見える行動(常同行動)を繰り返す行動障害が現れます。
ドネペジルなどの薬が使われることはほとんどありませんし、健康保険も適用されません。
行動の障害に対しては、他の種類の認知症のBPSD(行動・心理障害)にも使われる薬が症状に応じて処方されます。
後述のBPSDに対する薬の治療を参照してください。
●前頭側頭型認知症について、詳しくはこちら
→前頭側頭型認知症とは
認知症の中核症状に使われる4種類の薬
認知症の中核症状を抑えるために使われる、4種類の薬について簡単にまとめました。
これらの薬は、患者さん一人ひとりの症状に合わせ、少ない用量から少しずつ増やしていき、適量を探っていきます。
ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3種類は、薬の種類に応じて、使いやすい剤形(薬の形、錠剤、口腔内崩壊錠(OD錠)、内服液、貼り薬)を選ぶこともできます。
介護する家族などが、効き目や副作用などがないかをよく観察し、診察日に医師に伝えるようにしましょう。勝手に薬を飲むのをやめたり、また伝えられた以外の飲み方をしたりしないように十分注意してください。
ここに記した副作用は、必ず出るものではありません。
しかし、薬を飲んで普段と違う、おかしいと感じることがあれば、診療日を待たずに、処方した医師や薬局の薬剤師にすぐ伝えるようにしましょう。
ドネペジル塩酸塩(薬剤名アリセプトなど)
【剤形】 3mg、5mg、10mgの3つの錠剤と、同じ用量の口腔内崩壊錠(OD錠)があります。
【適応】 初期・中期のアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症の中核症状の進行を抑える目的で使われる薬です。
【主な副作用】 動悸や息切れ、不整脈(脈が速くなる、遅くなるなど)、めまい、失神などの意識障害、消化管の潰瘍(胃の痛み、血便など)、筋肉のこわばりや手足の震えなど。
ガランタミン(薬剤名レミニール)
【剤形】 4mg、8mg、12mgの錠剤と同じ用量のOD錠、4mgの内服液があります。
【適応】 初期・中期のアルツハイマー型認知症の中核症状の進行を抑える目的で使われる薬です。
【主な副作用】 失神、不整脈(脈が遅くなる、脈が飛ぶなど)、めまい、動悸、急性汎発性発疹性膿疱症(きゅうせいはんぱつせいほっしんせいのうほうしょう/高熱と、皮膚の発赤、発疹、食欲不振など)、肝炎、横紋筋融解症(おうもんきんゆうかいしょう/手足のこわばり、しびれ、赤褐色の尿など)
リバスチグミン(薬剤名リバスタッチ/イクセロンパッチ)
【剤形】 4.5mg、9mg、13.5mg、18mgの貼り薬があります。
【適応】 初期・中期のアルツハイマー型認知症の中核症状の進行を抑える目的で使われる薬です。
【気を付けること】 24時間に1回必ず薬を貼り替え、2枚同時に貼った状態にしないこと、同じ場所に続けて貼らないこと(皮膚炎などの副作用が起きやすい)。
【副作用】 薬の貼付部位の発赤やかゆみ、狭心症、心筋梗塞(胸の痛みや強く締め付けられるような感じ)、めまい、不整脈(脈が遅くなる)、息切れ、動悸、失神、痙攣(けいれん)、吐き気、嘔吐、胸やけ、血便、幻覚、感情の高ぶり、せん妄(意識障害)など。
メマンチン(薬剤名メマリー)
【剤形】 5mg、10mg、20mgの錠剤と同じ用量のOD錠があります。
【適応】 中度~高度のアルツハイマー型認知症の中核症状の進行を抑える目的で使われる薬です。
【主な副作用】 めまい、痙攣、失神、眠気(傾眠)、頭痛、不眠、幻覚や妄想、肝機能障害(皮膚や白目が黄色くなる黄疸など)、横紋筋融解症(手足のこわばり、しびれ、赤褐色の尿など)
認知症のBPSDに対する薬の治療
BPSDに対する薬による治療も存在します。ただし、薬によってBPSDのすべてをコントロールすることは大変難しいのです。
接し方などのケアが、BPSDに対する「治療」の中心であり、薬の治療は常にケアと一緒に使われるものです。
BPSDに対する薬の治療は、対症療法であって、根本的な治療ではありません。認知症がある以上、BPSDも完全になくなることはないのです。
BPSDに対する薬の治療を行うのは、BPSDによってご本人のQOLが下がってしまうと考えられるときです。BPSDが原因で介護するご家族が非常に困り、介護がうまくできないことも、ご本人のQOLを下げてしまいます。
また、薬には必ず副作用がありますので、その副作用を上回るメリットがあると考えられるときに、薬を処方することになります。
●BPSDについて、詳しくはこちら
→認知症のBPSD(行動・心理症状)、接し方のコツ
BPSDに対して使われる薬の種類
中核症状に対して使われる薬は、BPSDにも効果を発揮することがあります。意欲を出したり(アリセプトなど)心を穏やかに保つ(メマリー)などです。
不安が強い場合は、抗不安薬を使うこともあります。不眠から来るBPSD対して睡眠導入剤を使い、ぐっすり眠ってもらうことで、翌日は落ち着きを取り戻すということもあります。
うつ症状や意欲の低下には、SSRIなどの抗うつ薬の処方が考慮されます。
また、暴力や暴言、介護拒否、幻覚や妄想などの精神的な症状が強く出ている場合は、リスペリドン、クエチアピンといった抗精神病薬を使うこともあります。
抗精神病薬は、かかりつけ医でも処方してもらうことが可能ですが、BPSDが強い場合や、家族が疲れ切っている場合などは、ご本人に合った薬の量の調整とご家族のレスパイト(休息)もかねて、短期間精神科に入院することもできます。
漢方薬も使われることがあります。
抑肝散(よくかんさん)には古くから興奮などを鎮め、心を穏やかにする作用があるため、不穏や不機嫌の強い方に使われることがあります。
ただし、胃腸の弱い人には向かない薬です。また、漢方薬といえども副作用はあり、間質性肺炎などに注意が必要です。
繰り返しになりますが、BPSDへの薬の治療は、すべて非常に慎重に行われる必要があることを理解してください。
薬の副作用ももちろんですが、「介護に困るので薬でおとなしくさせる」というような解釈をしてしまうと、「薬による拘束」として、認知症のある方への人権侵害の問題になりかねません。
BPSDのある方への対応は、プロの介護職であっても困難であり、疲弊することも多いものです。ひとりで抱え込まず、医療職、介護職とご家族がよく相談し、ご本人にとっても楽な方法を探っていきましょう。
認知症の薬の治療をしているときの注意点
薬の治療である以上、副作用には注意が必要です。高齢であるというだけで腎臓や肝臓は若い人より働きが弱くなっています。
介護するご家族は、以下の点に注意しましょう。
・薬を勝手に増減しない
ご家族の判断で、薬を減らしたり、量を多く飲ませたりすることは絶対にしてはいけないことです。体内での薬の濃度が変わると、副作用が出やすくなったり、症状が急に変わったりします。
・飲み忘れ、飲みすぎに注意
認知症のあるご本人は、服薬管理(正しい時間に正しい量を使う)ができないことも多いでしょう。飲み忘れ、飲みすぎなどを防ぐためにも、ご家族や介護職が適切に管理する、または管理のサポートをすることが大切です。
もし、うまく管理ができない、飲み忘れが頻繁にある、飲みにくい場合などは、薬剤師に相談してみましょう。場合によっては自宅に薬剤師が来て、薬に関する指導をしてくれます。
・副作用や、効果の強弱などは早めに主治医に報告
効き目が強すぎる、あるいは副作用と思われる、普段と違う状態が出現したなどの場合は、電話などでよいので、まずは処方した主治医に相談してみましょう。
夜中などで困った場合は、薬局などで24時間相談に応じているところもあります。
・薬の併用に注意する
認知症に使われる薬は、他の病気に対する薬との飲み合わせに注意が必要です。
認知症以外の病気で他の医療機関にかかっている場合などは、必ず認知症の主治医に報告しましょう。また、できるだけ薬をもらう薬局を1つに絞り、お薬手帳は必ず使うようにしましょう。
・転倒に注意
特にBPSDに対する睡眠導入剤、抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬などを使っているときは、眠気やふらつきなどを起こしやすいため、転倒する危険性が高まります。
介護するご家族は、見守りを十分行う必要がありますので、ケアマネジャーや介護職などにも報告、相談して連携を強くするようにすると良いでしょう。
・水分や食事をしっかりとる
飲み薬は、必ず100cc程度の水と一緒に服用します。OD錠は、唾液で溶けやすい錠剤ですが、口の中の粘膜で吸収する薬ではありません。唾液だけで十分飲み下せていない場合は、必ず水を飲みましょう。
また、認知症の中核症状に使う薬は、必ず食事を摂ってから飲むようにしましょう。食欲がなく、食事がとれない場合は、飲み物や軽食(ビスケットなど)でもよいので、食べてから飲むようにします。
・薬の情報を手に入れる
薬についての正しい情報を手に入れるために、できれば医師や薬剤師に聞いて、医療機関や薬局でもらえる薬の情報を手元に置いておくとよいでしょう。
また、ネット上にはさまざまな薬の情報がありますが、正しいものだけではありません。
薬の安全性に関する情報を統括する公的な機関として、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)があります。医薬品や医療機器による健康被害の救済、医薬品の承認審査、医薬品の安全対策を行っている機関です。
PMDAの「医療用医薬品 情報検索」ページでは、医薬品の添付文書やそれを患者向けに読みやすくしたものなどが、薬の名前で検索できるようになっています。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。