前頭側頭型認知症は、「善悪の判断がつかなくなる」という症状が取りざたされることが多い病気です。
最近もTVで、「窃盗の容疑で警察に逮捕された高齢者が、前頭側頭型認知症だったことがわかった」というニュースが流れていました。しかし、この病気の人すべてがそのような症状を表すわけではありません。
脳の前頭葉、側頭葉が司るさまざまな機能が障害されるため、“言葉の意味”や“言葉とものごととの関係”が失われる失語や、体の運動失調などが前面に出るという場合もあります。
診断されている患者数が少ないためわからないことも多く、2015年に国の難病として指定されました。治療費は国の医療費助成の対象となっています。
診断や治療、ご家族の接し方などについてまとめました。
<監修:上條内科クリニック 院長・医学博士 上條武雄 / 文:椎崎亮子>
3つのタイプに分かれる「前頭側頭葉変性症」
「前頭側頭型認知症」は「前頭側頭葉変性症」という病気のひとつのタイプです。
名称が似ているのでややこしいですが、「前頭側頭葉変性症」とは、主に大脳の前頭葉(額のあたり)と側頭葉(両耳~こめかみのあたり)の神経細胞が変性・萎縮し、そこがつかさどる機能が失われる病気です。
出てくる症状によって、以下の3つの病気のタイプがあります。
(1)前頭側頭型認知症
(2)意味性認知症
(3)進行性非流暢性失語
この3つを総称して「前頭側頭葉変性症」と呼んでいます。
あまりなじみのない病名かもしれません。医学的にこの病気の概念ができたのが、1990年代と比較的新しいものだからです。
発症は65歳以下とアルツハイマーなどの他の認知症と比べ、若い時期の発症であることが多く、病気の進行は比較的ゆっくりです。
前頭側頭葉変性症の診断の基本となる必須条件は「進行する認知機能障害があり、それによって生活に支障が出ていること」です。
ただし、病気の初期には認知機能のうち、判断力や理解力は衰えているのに、記憶障害や見当識障害(道に迷うなど)がほとんどないか目立たないため、周囲から「認知症」と認識されない場合があります。
(1)の前頭側頭型認知症は、以前はPick(ピック)病と呼ばれていました。ピック小体と呼ばれる物質が脳神経細胞にとりついているのが見られたためです。
現在では、ピック小体だけでなく、タウと呼ばれるタンパク質、TDP-43と呼ばれるタンパク質などの物質が蓄積し、脳神経細胞が変性することがわかってきています。
脳の前頭葉・側頭葉が受け持つ機能である、意思や感情をコントロールする理性や、行動を起こす意欲などが障害されるため、人格の変化がおこり、社会的に問題とされるような異常な言動が現れることがあります。
(2)の意味性認知症は、言語の機能が失われる失語とそれに伴う認知機能障害が主な症状です。運動の障害などが現れることもあり、これらもだんだん進行していきます。
(3)の進行性非流暢性失語は、言葉とそれが示すものとの関係性が失われ、文法の理解や言葉を音として発声することなどができなくなっていくものです。
それにより言葉を発することが減り、やがて話すことができなくなりますが、その他の認知機能は比較的保たれるため、ここでは認知症の症状を主とした先の2つの型(前頭側頭型認知症と意味性認知症)について詳しくお伝えします。
なお、前頭側頭型認知症と意味性認知症は、2015年に国の難病として指定されました。
これらの病気であると診断が下されると、医療費の助成を受けることができます。
主治医および医療機関のソーシャルワーカーに相談して、必要な書類をそろえ、都道府県に医療費助成の手続きを行います。詳しくは、難病情報センターなどの情報を参照してください。
行動に異常が出る「前頭側頭型認知症」
前頭側頭型認知症は、特徴的な行動の変化が出てくることで、周囲が気づくことが多いようです。
医学的な診断は、最初に下記の5項目を満たしていることが必須です。
(1)認知症は突然ではなく、6か月以上かけて徐々に現れ、じわじわと進行している
(2)病気の早期から人間関係を良好に維持することができなくなっている
(3)自分自身の行動を、適切に保ったり、抑制したりすることができなくなっている
(4)感情が鈍くなっている
(5)異常な行動をしてしまっても、自分が病気であるとは思っていない
次に、以下のような特徴がみられるかどうかを確認します。
これらは家族など、身近な人からの話が重要になりますが、このような特徴がすべて見られるとは限りません。
(a)行動の抑制がきかず、反社会的な行動をしてしまう
それまでの本人では考えられないようなことをする場合があります。
万引きをする、公共の場で性的な行動をするなどです。また暴力的になる人もいます。
ただし本人に罪の意識がなく、とがめられても全く動じたり恥じ入ったりする様子が見られません。
(b)意味のない行動や言葉を繰り返す、毎日同じ行動をすることにこだわる
意味がないように思われる行動を繰り返すことを「常同行動」、意味のない、あるいは意味不明な言葉を繰り返すことを「常同的言語」といいます。
常同行動のひとつとして、毎日同じ時間に同じコースの散歩をする(天候や状況にかかわりなく)などがあります。
まるで儀式のように同じ時間に同じ行動を行うことから「時刻表的行動」と呼ばれ、本人はその行動に非常にこだわりをもっているため、やめさせようとすると怒ることもあります。
(c)食行動が変化する
甘いもの、味付けの濃いものを異常に好むようになり、味の薄いものを嫌うようになります。また、毎日同じ食べ物を買ってきたり、あるいは毎食同じものを食べたりすることもあります。
さらに、目の前にあればあるだけ食べてしまったり、異常な早食いや詰め込み食いをしたり、そのため窒息することもあります。
(d)注意力・集中力が欠如する
何かを続けて行うことができなくなります。すぐに注意がそれ、何かに気を取られがちです。
他人と話をしている最中に、いきなり席を立ってどこかへ行ってしまったりします。
(e)共感、感情移入ができなくなる
たとえばお葬式に参列しているのに一人でゲラゲラ笑ったり騒いだり、病気で不調を訴えている人に、それを全く意に介さずいたわりのないことを言ったりします。
(f)自発性の低下、周囲への無関心
自分から進んで何かをしたり、周囲に合わせて協調的に行動することができなくなります。家事や仕事をせず、家族や友人、同僚と会話をしなくなったりします。
(g)他者から影響を受けやすい、オウム返しをする
たとえば、誰かが笑いかけると、自分の感情にかかわらず笑い顔を作ったりします。
また、「あなたの名前はなんですか?」と問いかけると「あなたの名前はなんですか?」とそのまま同じ言葉を返してくるオウム返しをすることがあります。
「前頭側頭型認知症」 で起こる身体的症状の特徴
また、運動をつかさどる脳神経細胞が障害された場合に、身体にも症状が出ることあります。
原始反射
前頭葉が十分に発達していない乳児期にのみ見られる行動で、刺激に対して意識を介さずに勝手に体が動くものです。
たとえば、上唇と鼻の間の溝をぎゅっと押すと、反射的に唇をとがらせる「口とがらせ反射」、手のひらに物が触ると人差し指、中指、薬指が曲がる(握る)「パーマー反射」などいくつもあります。
どれも、赤ちゃんが生存のために生まれつき持つ反射ですが、脳の成長に従い、消えてしまいます。前頭側頭葉型認知症では、前頭葉の機能が低下するため、このようないったんなくなった反射がまた現れることがあるのです。
失禁
進行期に見られるもので、運動機能の失調によって起きるものがあります。また前頭葉の働きが衰えるために、不適切な場所で排泄したりする行動もあります。
身動きの極端な少なさ、筋肉の異常な緊張、体の震え
進行期に目立ってきます。運動機能が失調し、筋肉を柔軟に動かすことができなくなります。
また、口やのどの筋肉の運動に障害が出るため、きちんと言葉を発音できない、食べ物をうまく嚥下できないなどの症状がおきます。
低くて不安定な血圧
血圧が低く、変動が大きいのが特徴です。高血圧であることはありません。
MRI・脳波測定の検査でわかること
上記のような症状がみられ、前頭側頭型認知症が疑われる場合、MRIで脳の萎縮の状態を調べます。前頭側頭型認知症である場合は、前頭葉・側頭葉に顕著に萎縮がみられます。
また、脳波を測定すると、認知症の症状がみられるにもかかわらず、脳波そのものは正常です。
言葉の意味が失われる「意味性認知症」
意味性認知症は、特に脳の左側のダメージが強い場合に見られます。
言葉の意味や、言葉が指し示す物や事と言葉との関係性が失われてしまいます(語義失語という)。
たとえば「台所へ行って」と伝えても、初めてその言葉を聞いたように「だいどころ?」と首をかしげます。
また何かを説明しようとしても名詞も動詞も出てこないために「あれが、その、そうだから」などと話します。それも最初は「言葉が出てこない」ことを本人が自覚していますが、進行にしたがい、構わず話し続けるようになります。
次には、言葉だけではなく、物事から意味が失われるようになります。
たとえば、人の顔を見ても誰だかがわからない、ものを見ても、それが何という名前で何をするものか説明できない、物音を聞いても何の音かわからない、などです。
ただし、鉛筆を見て「えんぴつ」と呼べずに、文字を書くための道具、と説明ができなくても、鉛筆を持ち文字を書くことはできます。
さらに症状が進むと、前頭側頭型認知症と同様に、常同行動や常同言語、また時刻表的な行動が現れます。
前頭側頭型認知症、意味認知症の薬の治療
この認知症を根本から直すための薬の治療はまだ見つかっていません。
また、アリセプト、メマリーなどの抗認知症薬はほとんど効果がないとされています。ただし、異常な行動を収めるために、抗うつ薬の一種であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を使うことがあります。
また、漢方薬である、抑肝散(よくかんさん)を使うこともあります。
行動そのものを治すというより、行動に伴ういらいらや怒りなどの感情を落ち着かせることが目的となります。
認知症の問題行動を「してもよい行動」に代える
もうひとつの「治療」は、薬を使わず、周りの人の協力を得ながら、本人の行動を変えていくものです。
常同行動は、本人にとっては意味があり、その行動をすることに強いこだわりを持っている場合が多いようです。
また、万引きに代表されるような反社会的な行為も、本人にはまったく悪気がなく、また「悪いことである」という認識そのものが壊れているために、とがめたり責めたりしても、治まることがなく、繰り返されてしまいます。
認知症によるこれらの異常な行動は「問題行動」と呼ばれます。
「問題」とは本人が問題と感じているのではなく、周囲が問題と感じるという意味です。
そこで、できる限り、「周囲にとって問題ではなくする」「してもらっては困る行動を、しても良い行動に置き換える工夫をする」といったことが対処法のひとつとなりえます。
たとえば、特定の時間に特定の場所に行くといった時刻表的に行動することを「利用して」、その時間を「散歩の時間」と定めるなど、規則正しい生活として毎日をルーチンワークのように組み立ててしまうようなことも一案です。
その場合には、医師と連携した作業療法士に相談するとよいでしょう。
また、同じ店で万引きを繰り返してしまったような場合、そのお店に事情を打ち明けて協力を依頼し、本人が立ち寄ったら知らせてもらう、先にお金を払っておくなどの対処ができる場合もあります。
もちろん家族だけでの対応は困難なので、ケアマネジャーなどの福祉専門職や、地域の認知症初期集中支援チーム(医師やコメディカル、福祉職などのチーム)に相談して、地域のお店などとの連携を依頼するといったことになります。
穏やかに接し、本人の精神的な安定をはかる
認知症のある人への接し方の基本として、「叱ったりとがめたりをできるだけしない」ことがあげられます。
行動を強く制止しても、本人はなぜ止められるのか理解できず、パニック的になったり、怒りや悲しみをあらわにしたりします。介護する家族にとってはより一層「扱いにくい、向き合いたくない人」になってしまいかねません。
出てくるかもしれない症状や行動を、医師などの医療職や福祉職とともに予測を立て、それが出てきても困らないような工夫をあらかじめ考えておくこと、穏やかに接すること(難しいのですが)が大切です。
詳しくは、次回、BPSDとその受け止め方で詳しくお伝えします。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。