認知症の代名詞のように使われる「アルツハイマー型認知症」。
その原因であるアルツハイマー病は非常に複雑な病気で、なぜこの病気になるのか、どうすれば治すことができるのかなどは、今もなおよくわかっていません。アルツハイマー型認知症に関する研究や調査は全世界で続けられています。
ひとついえることは、アルツハイマー型認知症にかかると「認知症をかかえながらの生活」が、その後数年~10年以上続くということです。
よりよい生活を続けられることは、アルツハイマー型認知症の治療を考えるうえで、とても重要です。
<監修:上條内科クリニック 院長・医学博士 上條武雄 / 文:椎崎亮子>
「アルツハイマー型認知症」の診断方法
アルツハイマー型認知症は、日本では現在のところもっとも患者さんの数(診断される数)の多い認知症です。認知症患者さん全体の約半数を占めると推定されています。
アルツハイマー型認知症のもととなっている病気は「アルツハイマー病」ですが、この病気は「患者さんが生きているうちには本当の意味での診断が下せない病気」です。
なぜでしょうか。
アルツハイマー病とは、脳の新皮質(脳の外側を構成する、人間らしい知性をつかさどる部分)に、アミロイドβというタンパク質が異常に沈着して老人斑と呼ばれる一種のシミができたり、タウというタンパク質が異常に沈着して線維化したりして、脳の神経細胞がダメージを受けることで、脳全体が萎縮していく病気です。
その結果、さまざまな認知機能障害が出現します。
タンパク質沈着による上記のような脳の変化は、脳の解剖をして初めてわかることなので、生きているうちにはこのような変化を直接見る診断はできません。
そのため、臨床的に診断する場合は以下の2点を重視します。
・MRI画像で脳のどこがどれだけ萎縮しているか調べる
・アルツハイマー病による認知症の特徴的な症状が出ているかどうかをテストする
場合によっては、脳脊髄液を調べて、アミロイドβやタウタンパクの量を測ります。
さらに、血管性認知症やレビー小体型認知症(次回に解説します)などの特徴が見られないことを確認します。
このようにして「この認知症の原因はアルツハイマー病であろう」という推定を行い「アルツハイマー型認知症」と診断名をつけるのです。
【アルツハイマー型認知症の症状の特徴1】中核症状
アルツハイマー型認知症の中核症状(病気そのものの症状)は、特に記憶障害、いわゆる「物忘れ」が目立つといわれます。
しかも、ついさっきの出来事を忘れる「近時記憶障害」が著しいため、「同じ話を何度も繰り返す(直前に自分が話をしたことを忘れてしまうから)」「ご飯を食べたことを忘れる」といったことが起きます。
それに加えて、空間を把握する認知機能が衰えます(視空間障害といいます)。
住み慣れた家なのにトイレや自室の場所がわからない、慣れているはずの道で迷う、道路で車でを逆走してしまうといったことが起きるのはそのせいです。
言葉を忘れて「あれ、それ」などの指示語が多くなる健忘性失語が現れたり、数字の計算、文字を書く、道具を使うなどができなくなったりすることもよく見られます。
これらの症状は、2年~数年をかけてゆっくりと進行し、できないことが少しずつ増えていきます。
【アルツハイマー型認知症の症状の特徴2】取りつくろい
アルツハイマー型認知症のある高齢者は、「自分が病気である」ことを認識していない(病識がない)ことがほとんどです。
病気について医療者から説明されても、それを覚えていられないことも一因です。
ただし、本人も「何かがおかしい、わからなくなった、できなくなった」ということはわかっています。
家族などから指摘されるとむきになって怒ったり、つじつまの合わない話をしてごまかそうとする、いわゆる「取りつくろい」と呼ばれる態度を示すのも、アルツハイマー型認知症の人によく見られます。
「なんだか最近おかしいよ、物忘れが多いから病院へ…」などというと、「私は病気などではない!」と怒り出したりするのはこのためです。
【アルツハイマー型認知症の症状の特徴3】BPSD
BPSDは、認知症の中核症状に対し、行動心理症状と呼ばれるものです。
中核症状に関係して出てくる精神的な症状で、中核症状そのものよりもむしろ、ご本人とご家族を苦しめるものです。
まず「自発性の低下」「意欲の低下」がごく初期から見られることが多いといいます。
「外出の好きだった人が、ベッドで寝てばかりいる」「きれい好きだったはずなのに家事もろくにせず、家の中がゴミだらけ」などの状態が目立つようになります。
これらがひどくなると、「うつ症状」となることもあります。
高齢者はうつ病も多いので、認知症のBPSDのうつ症状か、認知症ではないうつ病かを慎重に診断してもらわなければなりません。
物忘れやできないことが増えると、不安や疑心暗鬼を抱えるようになります。
取りつくろいの言動が発展して「物盗られ妄想」などの妄想(たとえば財布をしまい込んで、身近な人に盗られたと主張する)が現れることもあります。
また、中核症状が進むにつれ、徘徊(はいかい)といわれる一見目的なくさまよい歩くような行動も目立ちます。
ご本人は「今がいつなのか、自分はどこに住み何歳でどういう暮らしをしているのか」といった最近のことがわからなくなっているため、やみくもに行動してしまいます。
一見意味のない行動に思えるかもしれませが、実は「(80歳を過ぎているのに)両親が待っているから家に帰りたい」「(とうに引退しているのに)仕事に行かなければ」など、はっきりした目的があることがほとんどです。
妄想を否定されたり、徘徊を無理に止められたりすると、怒る、泣く、暴れるなどの激しい感情を見せる人もいます。周りの人を信頼できずに気難しくなる人もいます。
これらを総じて「人格が変わった」と言われることもありますが、人格の変化というよりは、認知症の症状や、それにより思い通りにいかないつらさ、苦しさ、悩みがそのような行動をとらせるのだと理解すると、周囲のご家族も腑に落ちるのではないでしょうか。
【アルツハイマー型認知症の症状の特徴4】不眠・神経の障害
このほか、アルツハイマー型認知症のある人によく見られる症状が不眠(昼間寝てばかりいて、夜になると起きだす)です。それが進行して昼夜逆転を起こすと、介護するご家族にも大きな負担が生じます。
また、さまざまな感覚の神経に障害が出やすくなります。
匂いがわからなくなったり、指先が不器用になったり、また失禁しやすくなる場合もあります。
アルツハイマー型認知症の薬の治療
アルツハイマー型認知症に対する治療薬が厚労省によって認可されたのは、1999年と本当にごく最近のことです。
アリセプトおよびその後発品(薬品名:ドネペジル塩酸塩)、レミニール(薬品名:ガランタミン)、貼り薬のリバスタッチパッチ、イクセロンパッチ(薬品名:リバスチグミン)、および、メマリー(薬品名:メマンチン)の4種類が保険適用となっています。
最初の3つと、メマリーでは作用の仕方が少し違いますが、どれも、アルツハイマー型認知症を治癒させる力はありません。
ただし、できるだけ早期から使うことで、1年~数年程度、中核症状の進行をゆるやかにし、精神的に穏やかに過ごせるという利点があります。
薬の治療は、認知症が進行しても続ける選択肢もありますし、「進行を遅らせる」必要を感じない状況下ではやめるという選択肢もあります。
それぞれの薬には副作用もありますので、主治医と相談しながら、調整していくのが良いでしょう。
BPSDに対しては、精神安定剤や睡眠導入剤を適宜使うことがありますが、基本的には薬の治療よりも、穏やかに暮らせる環境を整えたり、認知症のある人への接し方を周囲の家族などが学んだりすることのほうが、効果が大きいようです。
回想法、運動療法、音楽療法、動物介在療法などの効果は?
認知症には「非薬物的療法」として、薬以外のさまざまなアプローチが試みられています。
どれも心身の健康を保ったり、記憶をたどる体験をしたり、楽しんだりするものであり、一時的ではあっても、良い影響は見られます。
ただし残念なことに、認知症を「改善する」科学的根拠は得られていないのが実情です。これらの専門家と、医療者が協力して、よりよい療養の環境をプラスすることはできるかもしれません。
比較的若い人が発症する「若年性アルツハイマー」とは
アルツハイマー型認知症の発症がおおむね64歳以下である場合に、「若年性アルツハイマー」と呼ばれます。早い人では、30歳台ぐらいで発症することもあります。
高齢になってから発症するアルツハイマー型認知症には、脳と身体の老化が大きく影響しています。
一方、若年性アルツハイマーに関しては、発病に関係する遺伝子がいくつか解明されていますが、どちらも研究の途中です。
アルツハイマー型認知症は予防できる?
なぜ、脳内にアミロイドβタンパクやタウタンパクが沈着するのかが詳しくわかっていません。そのため、「こうすれば予防できる」という確実な方法は今のところないのです。
血管性認知症の多くは生活習慣病が引き金になっていますが、アルツハイマー型認知症でも、糖尿病や高脂血症との関連性が指摘されています。
脳と体の老化の原因となる生活習慣病にかからないよう、中年期からしっかりとした健康管理をすることが何よりの「予防法」といえそうです。
次回は、レビー小体型認知症、前頭側頭葉型認知症についてみていきます。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。