前回まで、口の健康は全身の健康に関わること、そして口の健康を保つためには、適切な口腔ケアが不可欠なことをお話ししてきました。
一方、「口腔ケアが大切なことはわかった。でもうちのおじいちゃんは寝たきりだし、車もないので歯医者には連れて行けない」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
寝たきりや身体が不自由なため歯医者に通院できないという人のためには、歯科医師や歯科衛生士が家まで来て、治療や口腔ケアを行う「訪問歯科診療」があります。自宅はもちろん、老人ホームやグループホームなどの施設に入居している方でも、受けることができます。
<監修:上條内科クリニック 院長・医学博士 上條武雄 / 文:星野美穂>
*「高齢者の口腔トラブル」の1回目、2回目、3回目、4回目、5回目、6回目はこちら
自宅でも施設でも、歯科診療を受けられる
訪問歯科診療を受けることができるのは、寝たきりや身体が不自由という理由から通院が困難な方です。年齢制限はありません。
自宅や居宅系施設(有料老人ホーム、経費老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅など)で療養中の方はもちろん、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設などの施設に入居されている方も訪問歯科診療を受けることができます。
入院中でも訪問歯科診療を受けることが可能です。ただし、入院先の医療機関に歯科がある場合は、原則入院先の歯科で治療を受けることになります。
また、訪問歯科診療として訪問できる範囲は、歯科医院から半径16km以内と定められています。
ただし、通院のための自動車や交通機関がないなど、環境により通院ができないというケースは、訪問歯科診療を受けられる対象とはなりません。
むし歯の治療から嚥下困難まで相談できる
患者さんのからだの状態により制限があることもありますが、訪問歯科診療では通常の歯科診療で行う治療はほぼ行うことができます。
口臭や歯の痛み、歯肉の脹れ、歯肉からの出血、入れ歯が合わなくなってきたなど、気になることを相談できます。また、むし歯や歯周病などの問題が発生していなくても、口のなかの定期点検や口腔ケアの方法などだけでも依頼することができます。
あまり知られていないことですが、食べ物や飲み物がうまく飲み込めない、むせるといった「嚥下(えんげ)困難」も、歯科診療の範疇です。歯科医師が「摂食(せっしょく)・嚥下機能」を専門的に評価し、リハビリなど必要な手段を講じます。
治療はベッドサイドで
訪問歯科診療で使うのは、通常使う機材をコンパクトにしたものです。
歯を削ったり、歯石を取ったりするための機材はもちろん、レントゲンを撮影することもできます。
ですから、患者さんは自宅から移動することなしに、ベッドサイドやリビングの椅子で治療を受けることができるのです。
訪問歯科診療にかかる費用
訪問歯科診療は、通常の歯科診療と同じく、医療保険(一部介護保険)が使用できます。
訪問歯科診療にかかる費用は、「歯科訪問診療料」、「検査・治療費」、「指導料」です。
「歯科訪問診療料」…初診料、再診料にあたる費用
「検査・治療費」…実際の検査や治療にかかる費用
「指導料」…歯科医師や歯科衛生士が訪問して、口腔ケアや入れ歯の清掃を行うもの。訪問歯科診療と違い、直接的な治療は行いません
自宅や、老人ホームなどの居宅系施設での指導料は介護保険が適応されますが、支給限度額の対象には含まれないので、限度額いっぱいの状態でも1~2割負担で利用できます。
●訪問歯科診療1回あたりの料金の目安(医療保険・介護保険1割負担の場合)
<自宅・居宅系施設>
歯科訪問診療料…870円(同居2人目は280円)
検査・治療費…患者が必要とする検査・治療により異なる
指導料…居宅療養管理指導料(介護保険の適応):302円~855円(月上限2112~2414円)
<施設(病院、特別養護老人ホーム、老人保健施設など)>
歯科訪問診療料…同一建物内の診療人数により異なる 870円(1名) 280円(2~9名)120円(10名以上)
検査・治療費…患者が必要とする検査・治療により異なる
指導料…訪問歯科衛生指導料:120円または360円(月上限480~1440円)
訪問診療してくれる歯科医の探し方
かかりつけの歯科医師がいる場合は、まずその医師に訪問歯科診療をお願いしてみましょう。かかりつけ歯科医師がいなかったり、対応が難しいと言われた場合は、地域包括支援センターたずねれば、最寄りの訪問歯科診療を行っている歯科医を紹介してくれるでしょう。
インターネットなら、「地域名」+「訪問歯科診療」で検索すると、訪問歯科診療を行っている歯科医院のホームページがヒットすることがあります。また、地域の歯科医師会で訪問歯科診療を行っている歯科医院を紹介しているところもあります。
たとえ寝たきりになっても、食べることは生きる楽しみになります。また、口のなかを清潔に保つことは、誤嚥性肺炎をはじめとする感染症などを予防します。
寝たきりだから、動けないからとあきらめず、訪問歯科診療を利用して、口の健康を保ちましょう。
次回はがん治療と口腔ケアについて、その必要性をお話しします。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。