前回まで、認知症の症状への対応について、薬を使う前に考えて欲しい関わり方や、困っている症状に使用する薬について紹介してきました。
今回は、「非薬物療法」、特に認知症に効果があるという研究結果が報告されたアロマセラピーについて紹介します。アロマセラピーについての解説は、千葉市で在宅医療なども多く手がける調剤薬局フクチ薬局の薬剤師でありAMPP認定植物療法士、AEAJ認定アロマテラピーアドバイザーでもある、佐藤香さんにお願いしました。
<回答:上條内科クリニック 院長 上條武雄 / 構成・文:星野美穂>
【質問 祖母が興奮すると大声で大騒ぎします。薬でなんとか抑えられませんか? ~78歳・要介護3 】
「お金を盗んだろう」と孫を疑い、大声で叫び続ける認知症の祖母。この症状は薬で抑えられるのでしょうか。
(相談者:孫娘)
認知症の祖母を5年間介護しています。母は早くに亡くなり、私と、近くに住む妹とで祖母をみています。先日、祖母が「タンスにしまっておいた100万円がない」と言い出しました。そんなお金は今まで見たこともなかったので、「そんなお金、なかったよ」というと…(続きはこちら)
【 上條先生の回答 】前回からの続き *前回(3回目)、2回目、1回目はこちら
薬を使わずに、認知症の症状を改善する方法
認知症の症状については、薬を使って症状の改善を図る「薬物療法」のほか、「非薬物療法」と呼ばれる方法も重要であるといわれています。
非薬物療法には、以下のようなものがあります。いずれも医療機関や介護施設などで取り入れられている方法です。
●回想法
昔の懐かしい思い出を語り合うことで脳が刺激され、認知症の進行を遅らせたり、心理的な安定や記憶力の改善をはかる療法。基本的には専門家の指導を受けながら行いますが、手軽に家庭で行える方法もあります。
●リアリティ・オリエンテーション
見当識障害(けんとうしきしょうがい)を解消するための訓練で、現実認識を深めることを目的とする療法。見当識障害とは、「今日は、何月何日なのか」「季節はいつなのか」といった時間や、今いる場所が判らないなどの症状をいいます。
●音楽療法
音楽を聞いたり歌ったりすることで、心身をリラックスさせ不安やストレスを軽減させます。なつかしい思い出を掘り起こすことで、長期および短期記憶力の改善、現実認識の改善、人との交流の改善などを図る療法です。
●運動療法
その人に合わせた運動をすることで、運動機能の改善・維持、心肺機能の改善・維持、精神活動の活発化を図る療法です。
アロマは認知症の記憶障害を改善と、鳥取大が報告
これらに加えて、最近、アロマセラピーも注目を集めています。
アロマセラピーとは、花や葉、果皮、根などを蒸したり、皮を搾ったりして抽出した精油(エッセンシャルオイル)を用いて、疾患の治療や症状の緩和を図る治療法のことです。
医療現場で使われることもあり、鳥取大学病院医学部が、アロマセラピーは不穏・興奮状態や睡眠障害などの周辺症状以外に、記憶障害などの中核症状にも効果的であるという研究成果を報告しています。
認知症の症状改善に有用な精油とは
鳥取大学医学部が行った研究では、介護老人保健施設に入所中の高齢者28人(アルツハイマー型認知症10人を含む)に対して、28日間アロマセラピーを行いました。
その後検査を行ったところ、全員の自己に関する見当識(今自分はどこにいるか、何時なのかといった状況を判断する能力)が改善し、特にアルツハイマー型認知症の患者さんで、軽度から中等度の患者さんに効果があったという結果が得られました。
この試験で使われた精油の組み合わせは、次のようなものです。
朝: レモン(1滴) + ローズマリー(カンファ―)*1(2滴)
集中力を高め、記憶力を強化する刺激作用を持つ精油。交感神経を刺激し脳を活性化
夜: ラベンダー*2(2滴) + オレンジスイート(1滴)
心やからだをリラックスさせる鎮静作用を持つ精油。副交感神経を刺激する
鳥取大学の研究では、上記の精油の組み合わせは、認知症の予防にもなるといわれています。
香りは脳に直接インパクトを与える
なぜ、認知症にアロマセラピーは効果があるのでしょう。
嗅覚は、食欲など本能的な行動や、喜怒哀楽などの情動をコントロールする「大脳辺縁系(海馬・扁桃系)」に直接伝達されます。
ここは、記憶を司る海馬と近い場所にあり、特に香りなどの刺激は脳にインパクトを強く与えると考えられています。
さらに、特定の香りは、それにまつわる記憶を思い出させる効果があるといわれています。
臭覚障害の改善も
アルツハイマー病では、物忘れのような記憶障害よりも先に、匂いが感じ取れなくなる「嗅覚障害」が現れるといわれています。
ただし、嗅神経は、他の脳神経より高い再生能力を持っており、適切な香りと効果的な刺激があれば機能が回復しやすいという特性があるのです。
そのため、匂いを嗅ぐことは、脳を刺激する効果があるといわれます。
精油を選ぶときの注意
アロマセラピーは、比較的副作用が少ない方法です。
精油さえ用意すれば、誰でも簡単にできます。
一般的には「デュフーザー」と呼ばれる電気などで熱を加えてオイルの香りを発生させる道具を使いますが、なければお湯を入れた器に精油を垂らすだけでも、香りが広がります。ティッシュペーパーなどに数滴垂らしても良いでしょう。
ただし、精油は100%天然成分の精油を使用することが大切です。
一般的に「アロマオイル」と呼ばれているものには、精油にアルコールや添加物などの化学物質を含むことがあるため注意が必要です。
ラベルに、学名・原産国・抽出法などが書いてあるものを選ぶようにしましょう。
良い香りは、気持ちも明るくしてくれます。
認知症の方のケアの1つとして、取り入れてみてはいかがでしょうか。
*1:ローズマリー(カンファー)とは、ローズマリーの精油の中でも、カンファーという成分が多いものです。カンファーとは樟脳(しょうのう)とも呼ばれ、脳の活性化や気力回復などの働きがあります。
*2:ラベンダーは種類が多いため、注意が必要です。使用しているラベンダーはイングリッシュラベンダーとも呼ばれている種類です。学名は Lavandula officinalis または Lavandula angustifolia
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。