第1回で、認知症が原因の困った行動や症状について、薬で対応する前に、関わり方や接し方を変えてみて欲しいとお話ししました。
認知症は、高血圧や糖尿病のように、ある程度薬でコントロールできる病気とは異なります。認知症の症状に使う薬は、抗精神病薬や睡眠薬などで、いわば、薬で無理やり症状を抑え込むようなもの。根本的な解決にはなりません。
認知症の方の困った行動や症状は、その方自身が困っていたり、不安を抱えていることから起こることが多いようです。
薬の力を借りることもありますが、まず、その前にできることを考えてみたいと思います。
<回答:上條内科クリニック 院長 上條武雄 / 構成・文:星野美穂>
【質問 祖母が興奮すると大声で大騒ぎします。薬でなんとか抑えられませんか? ~78歳・要介護3 】
「お金を盗んだろう」と孫を疑い、大声で叫び続ける認知症の祖母。この症状は薬で抑えられるのでしょうか。
(相談者:孫娘)
認知症の祖母を5年間介護しています。母は早くに亡くなり、私と、近くに住む妹とで祖母をみています。先日、祖母が「タンスにしまっておいた100万円がない」と言い出しました。そんなお金は今まで見たこともなかったので、「そんなお金、なかったよ」というと…(続きはこちら)
【 上條先生の回答 】前回からの続き *前回(1回目)はこちら
妄想を薬でなんとかできる?
私が以前、関わった患者さんのなかにも、相談者さんのおばあさんと同じように、「家族にお金を盗まれた」と騒ぐ患者さんがいました。ご家族が、どんなに「お金なんて持っていなかったでしょ」と言っても信じず、興奮して騒ぎだすため、ご家族もとても困っていました。
そして、「お金を盗られたという妄想をなんとかして欲しい」と、私のところに相談に来られたのです。
ご家族は、医療、つまり薬で解決して欲しいと考えてこられたわけですが、私はまず、患者さんと話をさせて欲しいとお願いしまいた。
患者さんにお会いして、「なんでそんなに、お金のことが気になるの」と聞くと、「だって、家賃を払わないと、この家を追い出されてしまう」と話し出したのです。
通帳を見せることで安心してもらう
患者さんは、女手ひとつで5人の子供を育て上げてきたお母さんでした。お金の管理もしっかりやってきました。今だって、自分がやらないと、という気持ちでいたのです。
ところが、数年前からお金の計算を間違えたり、財布を置き忘れるようになって、心配した子供たちがお金を持たせないようにしていました。
しかし、今でもお金の管理は自分でやらないと、と思っている患者さんは、お金が手元にないことが不安でたまらず、それが激しい興奮になって表れていたのでした。
ご家族にはそのことを説明し、「お金を預けるのは無理でも、通帳を見せてお金はこれだけ入ってる、家賃もここから払っているから大丈夫だよ、と安心させてあげてください」とお願いしました。
お金はちゃんと子供たちが管理している、支払いもされていることに安心された患者さんは、騒ぐこともなくなったそうです。興奮を抑える薬を使うこともありませんでした。
問題解決を家族だけで抱えない
このようにBPSD(認知症による行動・心理の症状)の問題は、薬を使うより前に、問題の根本を探ることが大切です。
でも、だからといって、家族だけで全部を解決できるものではありません。
患者さんも困っていますが、家族も困っています。困っている問題を、家族だけで抱えないでいただきたいと思います。
これまでも何度か紹介してきたように、これからは「地域包括ケア」、地域で介護を支えていく時代です。
問題となっている行動は、家族だけで考えるよりも、第三者の目でみたほうがわかりやすいこともあります。
たとえば、上記の事例では、患者さんが「お金がない」と不安を訴えているのに、「そんなお金はもともとなかったって言っているでしょ」「この間もお金をなくしてしまったのだから、もうお金は持たなくていいから」といった家族の言葉が、余計に患者さんの不安をあおり興奮をエスカレートさせていたのです。
私が、第三者の立場で見て指摘したことで、家族もそのことに気が付いたのです。
家族のアプローチが地域の介護力を育てる
介護に不安を抱えたら地域包括ケアセンターに相談に行ってみてください。経験のあるケアマネジャーや訪問看護師なら、解決策を探れるはずです。家族以外の目でみると、問題点も見つけやすいことがあります。
また、困っている家族が地域にアプローチすることで、地域の介護サービスをより充実させるきっかけとなることもあります。
「認知症の人が受診を拒むとき」の第2回でも紹介したように、地域によっては、介護のしくみがまだ整備されていないこともあると思います。
地域住民の意見や要望が、地域の介護システムを育てることにつながります。
積極的に、声をあげていっていただきたいと思います。
認知症の症状について、薬を使わない対応について考えてきましたが、場合によっては薬の力を必要とする場合もあります。
次回は、認知症の症状に使う薬について、知っておいていただきたいことを解説します。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。