言葉のコミュニケーションが取れなくても、言葉に嬉しい感情を感じるとコミュニケーションがよみがえることもあるようです。上條先生が実際に出会ったお年寄りたちの例から、コミュニケーションのあり方を探っていきます。
<回答:上條内科クリニック 院長 上條武雄 / 構成・文:椎崎亮子>
【質問 呼びかけに反応しなくなった祖母について ~92歳・要介護5】
アルツハイマー型認知症に脳梗塞を併発した祖母。家族が話しかけてもほとんど答えなくなりました。どうすればよいのでしょう?
(質問者は孫)
祖母は2か月前、脳梗塞と診断され入院、処置で一命はとりとめました。しかし家族が話しかけても聞こえているのかどうか。ほとんど言葉を返してくれなくなりました。この状態は改善しないのでしょうか。また、今後どのように祖母の意思確認をしていけば…続きはこちら
【 上條先生の回答 】前回からの続き *前回(2回目)、1回目はこちら
言われてうれしい言葉には反応が返ってくるのです
私が訪問診療に通うある男性患者さんは認知症が進行しており、もう何年もの間、ご家族や私たち医療者の話しかけに対しても、まったく脈絡のない返事しか返ってこない、という状態です。
けれどもこの方は、言葉のコミュニケーションがぜんぜんできないかというと、そうではありません。ごく限られた言葉ですが、ちゃんとしたコミュニケーションが成り立つことがあります。その言葉とは、「ありがとう」。ご家族が「ありがとうね」と言うと、「いいよう~」(どういたしましての意味)と返ってくるのです。
「何が食べたい?」「痛いところはない?」といった質問をしても、とんちんかんな答えしか返ってこないのですが、無限にある言葉の中で「ありがとう」という言葉にだけは、ちゃんと意味ある答えを返してくる。それは、この人にとって「ありがとう」という言葉が何よりもうれしい言葉だからなのではないか、と私は思うのです。
認知症で言語が失われても、感情は最後まで残ります
看病するご家族によると、この方は「言葉は全く理解していないようだけれど、こちらが笑うと笑い返してくる」とのこと。つまり、言葉での意思疎通はあまりできないけれど、「気持ちのキャッチボール」はまだちゃんとできているのです。
ご家族は「投げたボールとは違うボールかもしれないけれど、とりあえずリアクションが返ってくる」ことを頼りに、日々、おじいちゃんの食べたいものを探してみたり、何かしてあげたら喜んでくれた、ということを励みにしているそうです。
認知症では、言葉の意味を理解できなくなったりしても、喜怒哀楽などの感情や、他人の感情を受け止める力というものは、最後まで失われないといいます。むしろ、感情に敏感になるともいわれています。
言葉のコミュニケーションが失われてしまっても、言葉と感情をうまく組み合わせることで、こちらの伝えたいことをキャッチできるのかもしれません。ご家族の中で、泣いたり怒ったり喧嘩したりといったことがあると、それをみて、悲しそうな顔をされるという話もよく聞くところです。
できれば、嬉しい、楽しい、和やかな感じ…そんなご家族の感情を、言葉にのせて、たくさん話しかけてあげていただきたいと思います。
次回は、感情の表出もあまりなくなった方への接し方、意思のくみ取り方について考えます。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。