新連載シリーズ「在宅医 ドクター上條に聞く」。第3回目の今回は、「胃ろうの将来」について考えていきます。
胃ろうは、口から食べ物を摂ることのできない患者さんにとっては、命をつなぐ大切な道具です。しかし、終末期が近づいてきて、からだが栄養を必要としなくなったとき、胃ろうからの栄養はかえって患者さんに苦痛を与えるものにもなります。それでも、ご家族はその状態を受け入れがたく、なかなか中止の決断はできません。
最期に向け、どう乗り切っていくべきか。一緒に考えていきましょう。
<回答:上條内科クリニック 院長 上條武雄 / 構成・文:星野美穂>
【質問 胃ろうについて ~78歳・要介護度5】
口から食事が摂れなくなり、胃ろうを勧められました。胃ろうは一度作ると、もう外せないのでしょうか。
父が脳梗塞を起こし入院。食事が飲み込めなくなりました。主治医からは胃ろうを勧められています。美味しいものを食べることが何より好きだった父が、もう食べることができないのかと思うとかわいそうでなりません。胃ろうは一度作ったら… 続きはこちら
【 上條先生の回答 】前回からの続き *前回(2回目)、1回目はこちら
胃ろうの将来を考える
胃ろうは、脳梗塞のような急性の病気などが原因で口から食事を摂ることができなくなったとき、その時期だけ胃ろうで栄養を入れてあげれば、リハビリテーションを経てまた食べられるようになるという場合に使用されるのが本来目的とされる使い方です。
一方、高齢者の場合、本来の目的以外にも胃ろうが作られているのが現状です。そして、胃ろうをいったん作ると胃ろう栄養の中止はなかなかできません。胃ろうの中止=「餓死させる」というイメージを持たれる方が多いからです。
しかし、実際には末期状態が近付いたときに、亡くなる間際まで胃ろう栄養を続けることは困難な場合が多く(第2回参照)、いつ、どのように胃ろう栄養を止めるかについて、家族は重大な選択を迫られます。
私は、胃ろうを作る場合、ご家族に「そうした将来を見据えて、“中止”の決断を下す覚悟を決めてください」とお話ししています。しかし、ご家族がすぐにそれをイメージすることは難しいことですし、すぐにイメージできなくても仕方がないことだと思っています。
その分、医療者や介護スタッフが、ご家族に寄り添いながら、その時々の思いを受け止め、直面するさまざまな問題を一緒に考えていく必要があると思います。
「セパレーション・ギルド」
親にどんな形でもよいから生きていてもらいたいとこだわる家族の多くは、親を見捨てる(=胃ろう栄養を中止する)ことに対する罪悪感を持っていることが少なくありません。
成長する過程で、子供は自分という存在を自覚し親から心理的に距離を置くようになります。しかし 、それによって「親を寂しがらせてしまうのでは」、「悲しませてしまうのでは」という感情を無意識に持ってしまうことがあります。そして、介護によって、子供の時に持っていたこのような感情が再燃してしまうことがあります。
心理学的には「セパレーション・ギルド」(セパレーション:分離、ギルド:罪)と呼ばれているものですが、どんな形でも親を生かさないと、親が可哀想だという心理状況に追い詰められて、徹底的に介護に関わり、自分自身を追い込んでいってしまう心理状態です。
介護中にそう言った心理状態に追い込まれると、特に胃ろうからの栄養の減量や中止と言った事が難しくなります。
自分が頑張って介護を続けていれば、親もずっと生きていられると思い込んでしまっているのです。
胃ろう中止は家族の義務
ただ、そうした方でも、医療・介護スタッフが寄り添い、一緒に考えて行きながら介護を続けていると、受け入れられる場面がやってきます。
栄養によって維持できていたからだが、その栄養によって苦しめられているという状況を目の当たりにしたときに、「これでいいのだろうか」という疑問が出てきます。そこで少し栄養を入れる量を減らすと、体調が良くなる。しばらくするとまた具合が悪くなる。さらに栄養を絞っていく。これを繰り返していくうちに、やがて最期のときが来たということも受け入れられるようになるのです。
ものすごい葛藤を経たあとになりますが、最後に安らかに看取れたとき、「やって良かった」と思えるようにもなるのです。
栄養を減らす、そして胃ろう栄養の中止は見捨てることではなく、自然の死を穏やかに迎えさせてあげるために、家族がやらなければならない義務です。
今、胃ろう造設の決断を迫られているご家族、そしてすでに胃ろうを作った方のご家族も、こうした将来を少し、考えていただければと思います。
第4回では、こうした葛藤を乗り越えたご家族について、介護をされた娘さんの言葉を通して紹介します。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。