高齢者医療に詳しい上條先生に、介護家族の質問に答えていただく「在宅医 ドクター上條に聞く」。今回は「食事を食べない高齢者にどう対応するか?」の質問へ答える、最終回です。
たくさんの方の老いと看取りに寄り添う上條先生。死に向かう方の言葉をたくさん聞いてこられました。老衰から死に向かうことは、苦しいことではない、ということを、その中で実感するそうです。死に向かう方は、どのようなことを考え、感じているのでしょうか。
<回答:上條内科クリニック 院長 上條武雄 / 構成・文:椎崎亮子>
【質問 父親の食欲について ~85歳・要介護度5】
高齢の父がほとんど食事を摂らなくなりました。無理にでも食べさせたほうがよいのでしょうか。
高齢の父が、ほとんど食事を摂ってくれなくなりました。1年ほど前までは自力で食事ができ、出したものはほぼ全量食べられていましたが、その後どんどん食が細くなってきました。病院で調べてもらいましたが、特に大きな病気はないと… 続きはこちら
【 上條先生の回答 】前回からの続き *前回(3回目)、2回目、1回目はこちら
「宇宙に行ってたのに、なんで先生いじわるするの?」
お看取り期に入ったあるおばあさんの言葉です。暑い日に脱水症状を起こされ意識がもうろうとされたので、ご家族が点滴を希望されました。私も必要だろうと考えて点滴をしたら、意識を取りもどされたその方が、開口一番私にこういったのです。
「せっかく気持ちよく宇宙へ行こうとしてたのに、点滴をされたら苦しくなって引き戻されてしまった」
そんなことを、この方は繰り返し私と、見守る家族に話されました。ご家族は、「先生、点滴を中止することはおばあちゃんの死を覚悟することだから、家族としては辛いんです。でも本人がこう言っている以上は願いを叶えてあげたい。」とおっしゃり、このあとは点滴は見合わせることにしました。
お看取り期に入った方で、点滴を嫌がるかたは少なくありません。針が痛いというわけではないようなのです。この方のように、宇宙に行くとか、天井から自分を見ていた、お迎えの人が来た、などと話される方は実は少なくありません。まるで幽体離脱のような話ですが、ご本人にとっては真実なんでしょうね。
食べなくなり、水分も要らなくなり、体が枯れていくと、脳内にエンドルフィンという物質(いわゆる脳内麻薬)が出てきます。それだけではこういう幽体離脱のような経験は説明がつくわけではないのですが、こういう経験をされる方は実際に多いのです。死にゆく方にだけ訪れる、独特の精神世界なのかもしれません。
「もう食べなくていいんだ、よかった」
この言葉は、がんで亡くなった方のものです。がんで亡くなるときも、最後は老衰と似た経過をたどることがあります。何も食べられなくなり、ご家族はなんとか食べさせたいと思っていたのですが、あるときご家族自身が「もう食事は要らないんだ」と理解されてそう話された。それを聞いて、ご本人は「もうこれで食べないで済む」と安堵されたそうです。
この方は、がんという病気から来る痛みや苦しみより、ご家族が衰えゆく自分を見て辛そうな顔をしていることのほうが辛かったと言います。
「家族が食事を作ってくれる。食べることができない自分のふがいなさ、迷惑をかけている、家族の思いに答えられないことはとてもつらい」
そして、「自分はもう死ぬべき状態なのだから、それを自然なことと思ってほしい。異常な事態だと思って悲しんでいる家族を残しては死ねない、と思うんです。家族がいつものように笑って大丈夫だよと言ってくれたら、私は安心して逝けます。家族にはたくましく生きていってほしいんです」と話されました。
このような深く複雑な心の痛みのことを、「スピリチュアルペイン(魂の痛み)」と表現します。この方のように、はっきりとした言葉でお話を聞けることはあまりありません。ですが、貴重な、亡くなりゆく方の胸の内を聞かせていただいたと思っています。
本来あるべき死の姿を、タブーなく語りたいと思います
昔は日常生活の中に、自然な形で死がありました。隠されるものでも特別視されるものでもなく、誰もが家族の中で亡くなっていった時代がありました。この30~40年の間の医学の進歩は、一方で人の自然にあるべき死の姿も支配してしまったと感じます。その反省も込め、私は在宅医療で原点回帰を目指したいと考えています。
在宅医療では、昔ながらの看取り方、看取られ方、本来の死に方とは何かを思い出させられます。我々が忘れていた、生物が本来もっている、楽な死に方。自然な死に方ができるんだということを、このシリーズを通じ、タブーとすることなく語っていきたいと思います。
次回からは、「一度つけた胃ろうは、はずせないの?」という新たな質問に、上條先生がお答えします。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。