上條先生に、高齢者の医療や介護についてお聞きする新連載「在宅医 ドクター上條に聞く」。
今回のテーマは、前回に引き続き「食事を食べない高齢者にどう対応するか?」
ほとんど食事を摂らなくなったお父さんの様子に、「餓死するのでは」とお子さんは恐怖心を抱いています。自然な課程としての食欲不振は、ご本人にとってつらいことではなく、むしろ非常に楽なことだといいます。高齢者が自然に食べなくなっていくということを、どのように受け止めていけばよいのでしょうか。
<回答:上條内科クリニック 院長 上條武雄 / 構成・文:椎崎亮子>
【質問 父親の食欲について ~85歳・要介護度5】
高齢の父がほとんど食事を摂らなくなりました。無理にでも食べさせたほうがよいのでしょうか。
高齢の父が、ほとんど食事を摂ってくれなくなりました。1年ほど前までは自力で食事ができ、出したものはほぼ全量食べられていましたが、その後どんどん食が細くなってきました。病院で調べてもらいましたが、特に大きな病気はないと… 続きはこちら
【 上條先生の回答 】前回からの続き *前回(1回目)はこちら
必要なくなったから、食事を拒んでいる可能性が大きいでしょう
ご様子を伺うと、質問者のお父様は食事を摂ることを拒んでいらっしゃるようです。食べ物を差し出されても、口を固く閉じているということは、言葉はなくても「食べたくない、食べない」という意思表示です。重い認知症があっても、人間としての意思は保たれているものです。
介護する側は、より若く健康です。健康な人間は「食べないと元気が出ない」「食べることが健康の証」という常識を持っています。しかし、人生の終わりに向かっている方にはこの常識は当てはまりません。
「食べないから元気が出ない、衰える」のではなく、衰えは体が死を迎える準備そのものであり、もう元気な頃に戻ることはないので、「食べることが必要なくなる」のです。生体は、死という着地点にむけて自然に食欲を落とし、必要最小限だけのエネルギーを摂取するようになります。
体が求めない、必要としないので、食べることへの興味も食べたいという気持ちもなくなっていきます。食べられないのではなく、おなかも空かず、食べたいと感じないのです。
介護する側はこのことを踏まえて、常識を捨てて、発想を転換する必要があります。
本当に回復しないの? という疑問に対しては…
在宅医療にかかわる医師は、死に近づいていく人の様子をくみ取り、家族がそれを受け入れられるように手助けするのも仕事の一つです。ご家族としては、ご本人が死に近づいているということを受け入れたくないものです。なんとかして良くなってほしい、元気になって欲しい。
しかし、実はその思いがご本人の体の負担になっていることがあるのです。
終末期に食事をもう摂らなくなってしまった方に無理に栄養を点滴などで入れても、体はそれを吸収して利用することができず、むくみや、痰の増加といった症状として現れてきます。どうしてもご家族などが、もう栄養をに摂らなくていいということに納得がいかない場合は、「では1週間ほど、点滴して様子を見てみましょうか」とお話することもあります。もちろんそれで少し元気が出て、数日から数か月、寿命が伸びる方も中にはいらっしゃいます。しかしやがて前述のように栄養も水分も吸収できなくなる日が来ます。その時には「もう点滴は必要ないのですね」と納得していただけるはずです。
胃ろうは「生きることを望む体」に必要なものです
相談者は、胃ろうにも触れていらっしゃいます。胃ろうは、体はまだまだ元気で生きようとしているけれども、なんらかの疾患が理由で咀嚼する、嚥下するといった機能だけが衰えてしまった場合に、それを補い、体を生かすために役立つ処置です。ですが、相談者のお父様のように、体が死に向かっている方には、役立つことはありません。むしろ、消化吸収ができないのに食べ物を入れることは、体に大きな負担になり、ご本人も苦しい思いをされてしまうかもしれないのです。
この段階での胃ろうという選択は、ご本人のためというより、ご本人の命があること自体が、ご家族の支えになっていて、それをご本人も望んでいるというような場合に限られると思います。私自身は、ご本人が望まないのであればするべきではない選択だと考えています。
ただ、理屈はわかっても、ご家族の心が受け入れるには、まださまざまな気持ちのハードルが残ることでしょう。一方で、視点を移すと、このタイミングだからこそ、家族ができることもあるのです。
次回は、死が近づく終末期にこそ家族ができることを、先生に深くお聞きします。
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プロフィール
上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。