うつ病は「心の風邪」といわれるように、親しみやすい表現で認識度が上がってきています。しかしもう一歩進んで、「専門家による治療が必要な脳の病気である」という認識を持つ必要があります。
「心」の病気、という意識で、ご本人の気持ちを楽にしようと「元気を出さないと」「気の持ちようだから」などの声かけをすることがありますが、逆効果である場合もあります。
うつ病とはどのような病気なのか、どのような治療が必要かを考えます。
<監修:上條内科クリニック 院長・医学博士 上條武雄/文:椎崎亮子>
誰もがかかる脳の病気
うつ病を、「心の風邪」と表現するのは、神経内科、心療内科、精神科といった診療科を受診することに抵抗感を持たずに、「風邪と同じぐらい誰もが普通にかかる病気」と捉えて治療を開始してほしい、そのような医療者の思いが込められています。
ところが、「心の病気」と表現することで、かえって「気の持ちようでなんとかなる」「たいしたことではない」という誤解を受け、対処が遅れてしまうこともあります。
うつ病とは、確かに誰でもがかかる可能性がある病気で、特殊なものではありません。ですが、風邪をこじらせば重症化して死に至ることもあるのと同じく、うつ病も重症化すれば時に死(自殺)に至ることすらあります。決して「気の持ちよう」などではないことを強調しておきたいと思います。
では、うつ病とはどういう病気なのでしょうか。うつ病がどのように発症するのか、まだ分かっていないことも多いのですが、有力な仮説がいくつか存在します(別表を参照してください)。そのどれもが「脳の神経細胞の情報伝達に、なんらかの障害が発生しておこっている」ことを示しています。つまり、うつ病とは「誰でもがかかる、脳の病気」なのです。ただし、脳腫瘍や脳血管の病気(脳梗塞など)のように、脳に何かの病変がある状態ではありません(これらの病気も、うつ病のような状態を引き起こすことがありますが、別に考える必要があります)。あくまでも、「レントゲンやCT、MRIでは何もみつからない、けれども、脳の神経細胞レベルでなんらかの障害が起きている」状態です。
うつ病を引き起こすきっかけ
では、脳の神経細胞の情報伝達に障害を引き起こすきっかけは何でしょうか。これも複数の原因が積み重なるようだということがわかっていますが、高齢者のうつ病では、大きく分けると2つあると考えられています。
(1)重大な生活上の事件・出来事
家族や親しい友人、ペットなどとの死別
自分や家族の重大な病気(それによる苦痛や、極度の心配)
住み慣れた環境の変化(施設への入居、転居など)
経済的な問題の発生(財産を失うような出来事)
など
(2)慢性的なストレス
慢性的な病気等による、健康の喪失、体の機能の低下
目・耳などの感覚の衰え・喪失
認知機能の低下
行動力の低下による、「誰かを頼らないと生きられない」感覚
仕事や家庭内の役割を失って「自分が役に立たなくなる」感覚
など
とくに親しい人や家族などとの死別は、誰にとっても非常に辛く、うつ病に似た状態に陥るものですが、通常は時間とともに悲しみは薄らぎます。しかし、食欲が全くない状態が長く続くなど、正常な悲しみの反応より重い状態が続いたり、「私も死にたい」というような言葉が出てくる場合は、本当のうつ病に移行している可能性が高く、一度受診することを検討する必要があります。
受診するのは何科が良いか
一般的にうつ病は、精神科、神経科、心療内科のどこでも治療が可能です。高齢者のうつ病①で解説したように、腰の痛みや胃腸の不調が発症のサインであることも多く、最初にかかりつけ医で治療を開始する場合もあります。必要に応じて、かかりつけ医から専門医を紹介してもらうと良いと思います。
精神科と神経科は、ほぼ同じ診療内容です。うつ病、神経症、統合失調症など、体の症状ではなく、精神的な症状があらわれている場合に受診します。心療内科は、精神的な原因で、体に不調が強く表れている(問題となっている)場合の治療に適しているといえます。
脳神経外科、神経内科は、脳梗塞や脳出血、脳腫瘍、神経系の病気(パーキンソン病など)の治療を行う診療科ですので、一般にうつ病の診療は行いません。
うつ病の治療ではさまざまな薬を使う
うつ病の治療は、3本の柱にたとえられます。
①環境の調整(ストレスとなっている原因を極力取り除く)
②薬物療法(処方された薬をきちんと服用する)
③精神療法(認知療法、行動療法など、心や体を専門家の指導に従って働かせる)
①に関しては、次回に家庭での対処法としてお話しします。②の薬物療法に関して、簡単に触れておきましょう。
うつ病を治療する薬にはさまざまな種類があります。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・エピネフリン再取り込み阻害薬(SNRI)、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、セロトニンモジュレータ(5-HT2遮断薬)、精神安定剤(マイナートランキライザー・メジャートランキライザー)、睡眠導入薬などです。どれも、脳の神経伝達を微細に調整する薬です。
一般的には、SSRIやSNRIが最初に選択される薬ですが、医師は患者の状態を見ながら、細かく薬の量や種類、組み合わせを調整し、一番合った処方を「探って」行きます。
ここでは、それぞれの薬の詳しい解説は行いません。薬の治療を受ける際の注意点を述べておきます。
(a)飲んですぐ効き目が表れることはほとんどなく、数日~数週間の単位で徐々に効果が表れることが多いので、決められた服用量・服用期間を必ず守ること。家族や介護者・看護者が確認することが必要
(b)他の病気の薬や健康食品と相互作用によく注意しなければならないため、医師・薬剤師には、普段飲んでいる薬や健康食品について、漏らさず伝えること。
(c)さまざまな副作用が出る場合が多い。SSRIでは、悪心・嘔吐などの消化器症状、SNRIでは、特に男性の高齢者で排尿困難、その他、不眠や不安感の増強、イライラ感、怒りっぽさなど、三環系・四環系抗うつ薬では、口が渇く、目がかすむ、慟気などが現れることがあるので、随時医師・薬剤師に報告する。高齢者では、眠気、ふらつきによって転倒などの事故につながる場合があるので、よく注意する

<参考>
utsu.jp うつ病と不安の病気の情報サイト
メルクマニュアル うつ病性障害
うつ病治療.com
●「高齢者のかかりやすい病気・疾患」の一覧を見る
●「在宅医 ドクター上條に聞く」のコーナーをすべて見る