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“親が認知症”周囲に話せず悩みます~「認知症にやさしい地域をつくる」1

2017年1月20日

認知症にかかると、記憶障害や見当識(時間・場所などの観念)の障害を起こします。ですが、初期には障害をサポートすれば普通に暮らせる病気でもあります。そのため、周囲の人の「見守り」や「理解」が何より大切になってきます。
一方で、「認知症は恥ずかしい病気」「周囲に迷惑をかける」といった思いをご本人やご家族が持ってしまうことがあります。それが、周囲の人に理解を求めることを難しくしているのです。
今回から、どうすれば地域の人たちに「認知症への理解」を求められるのか、「認知症になっても住みよい地域」にするにはどうしたらよいのかを考えていきます。
<監修:上條内科クリニック 院長・医学博士 上條武雄 / 文:椎崎亮子>

 

 

【質問 友人知人や近所の人に「親が認知症になりました」と言ってよい? ~78歳・要介護1】

郷里で一人暮らしをする親が認知症に。親の知人などにそのことを話してよいものか悩んでいます。
(相談者:息子)

 

1先日、郷里にひとりで住む母が、軽度の認知症との診断を受けました。見守りを兼ねて、今は週2回ほどヘルパーさんに来てもらっています。私は就職してからずっと親元を離れ都心に住んでいて、今後も、頻繁には帰郷できそうもありません。また、母は私の住む都心に出てくるのは嫌だと言っています。しばらく母は郷里で一人暮らしを続けることになりそうです。

 

介護関係の人だけでなく、だれか母のことを親身になって見守ってくれる人がいるといいなと思うのですが、誰に相談して良いかわかりません。私の学生時代の友人や、実家の近くに住む母の友人・知人も何人かはいるのですが、その人たちに「母が認知症になって」などという話をしてよいものかどうか、悩んでいます。

 

 

【上條先生の回答】

認知症のことを、身近な人に話すのをためらうのはなぜか

2いままで、遠い郷里から見守ってくれていたお母さまが、今度は見守りが必要な立場になられた。息子さんとしては、頻繁に帰れないことも含め、ご心労の多いことだとお察しします。これからは、介護に関する悩みも出てくることになるでしょう。それをご相談者やそのご家族だけで抱え込んでしまわないためにも、親身になって相談できる人をつくっておくことは本当に大切です。

 

社会人になってからずっと都心で暮らしていらっしゃるとのこと。良くも悪くも、都会は人同士のつながりが希薄です。きっと同僚やお友達に、親の病気や介護について話すのはためらわれるものかもしれませんね。

 

一方で、地方のコミュニティであっても、身内の病気の話を気軽にできるかといえば、日本ではそうではないと私は思います。いわゆる「恥の文化」があり、病気や障害を恥ずかしいものとして、家族の外には話さないという風潮もまだまだ見られます。ご相談者が、お母さまのことを周囲に話すことをためらわれる気持ちの中にも、そのようなものがもしかしたらあるのかもしれません。

 

認知症は、誰もがかかる可能性のある普通の病気

認知症は、記憶や見当識(場所・時間・人など)の障害がおこります。そのため昔は「老人性痴呆」などと呼ばれ、社会的にも「恥ずかしい」ものと考えられてきた歴史があります。

 

2015年の厚生労働省の発表では、2012年の時点で認知症を発症している人は65歳以上の人口の7人に1人(およそ462万人)もいます。これが2025年には700万人、65歳以上の実に5人に1人が認知症を持つことになると予想されています。

 

誰もが長生きできる社会とは、「誰もが認知症になる可能性のある社会」と言い換えることができそうです。つまり、認知症は誰がかかってもおかしくない病気。もちろんのこと、他のすべての病気と同じく、恥ずかしいものではありません。現在では、できるだけ社会のすべての人が認知症に対する理解をもち、社会ぐるみで患者をサポートすることが求められています。

 

国が、要介護1、2の人への生活支援を介護保険から外そうとしている理由

3ところが現在国は、要介護度の低い(具体的には要介護2まで)人たちの生活支援を介護保険のサービスから外す方針を固めています。このニュースに驚き、心配している方も多いのではないでしょうか。

 

今後、介護の必要な人口は増える一方です。そのため、「国の財政が厳しくなるから切り捨てる」のだと一般的には考えられています。ですが、国は必要な支援を切り捨てようとしているわけでも、単純にお金を惜しんでいるわけでもありません。

 

実はこれは、「生活支援」の在り方、考え方を見直そう、という話なのです。

 

生活支援とは、食事づくりや掃除洗濯、買い物といった家事を介護者が代行することです。要介護2ぐらいまでの人は、介護保険で使うサービスのほとんどが生活支援であり、入浴や排せつの介助といった身体介護は、あまり必要とされていません。

 

一方で、家事とは誰もが日常で行っていることです。認知症があっても特に初期では、誰かの見守りがあれば、家事を含む普通の生活を続けていくことがある程度可能です。

 

現在のように生活支援の名の下、介護者が家事を肩代わりしてしまうと、一見、被介護者の負担が減って暮らしやすくなるように思えます。ですが、実は自立して生活しようとする力を奪ってしまいかねないというマイナスの側面もあります。

 

逆に、誰もができる家事だからこそ、「生活の中での機能訓練」ととらえることができます。体操や脳トレだけが、機能訓練ではありません。「普通の生活を続けること」こそが、何よりの機能訓練ではないのか、ということが言われ始めています。

 

国は、あえて生活支援を減らし、誰もが自立した普通の生活を続けられるように方向転換を促すことで、「介護」の負担を社会全体から減らし、ひいては介護費用(財源は国民の税金です!)を抑え、要介護者が激増する将来に備えていこう、と考えています。

 

一方的にサービスを減らそうとしているのではなく、サービスの方向性や、本来求められる高齢者の生活とは何かを、考え直していこうとしています。

 

これは「地域の理解を得て、地域ぐるみで認知症者を含む高齢者の暮らしを見守り支えていく」地域包括支援の、基本的な考え方に基づくものなのです。

 

「地域の理解」とはなんだろう?

では、「地域の理解を得る」とはどのようなことなのでしょうか。ここでご相談者のお母さまのことに話を戻しましょう。

 

都会に出るのは嫌、ということは、すなわち、「住み慣れた地域でこれまで通りの生活を続けたい」ということですよね。ご相談者が考える通り、どなたか親身になってお母さまの見守りをしてくれる人がいれば、しばらくの間はお母さまは普段通りの生活を続けていくことができる可能性が高いです。

 

でもそのためには、身近な友人知人に、まずはお母さまの状況を理解していただくことが第一です。この、身近な友人知人という人間関係こそが、お母さまにとっての「住み慣れた地域」なのです。

 

ご相談者は「話してよいものかわからない」とおっしゃっていますが、「地域の理解を得る」という視点に立つと、「話す必要がある」ことと考えられないでしょうか。

 

次回は、認知症の進行を抑える機能訓練の視点から、住み慣れた地域での生活がなぜ大切なのか、ということを見ていきたいと思います。

 

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プロフィール

kami上條内科クリニック院長・医学博士 上條武雄先生
1992年慈恵会医科大学卒業後、2003~2007年まで上野原市立病院内科勤務。2007年から横浜市内の在宅療養支援診療所3ヶ所に勤務の後、2011年に上野原市に上條内科クリニックを開業。地域を支える在宅医として、認知症ケア・緩和ケアなどにも力を入れる一方、アニマルセラピーの普及や、医療・介護が連携しやすい仕組みづくりにも取り組む。忙しく飛び回る毎日の癒しは愛犬のチワワたち(花音、鈴音ともに7歳)。自身でアニマルセラピーの効果を感じる日々。

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